TWIST&EQUALビフォーアフター
世の中に隠された謎を発見!できたり、寺社仏閣の探検?ができたらいいなぁ…と願いつつ
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 TWISTEQUALの「自分なりに解いてみました日月神示 Ⅴ 神器と神宝」
魔方陣じゃなくて単なる妄想…と言うより、
なんだかワケわかんないような、ひとつの仮説です。

日月神示では、
ヒフミは「一二三」らしいですが、考えてみれば「123」だって
ヒフミですよね。この2つの違いはナンなんでしょうか?
僕の読んだ日月の本には、
神示じゃなくて“解説”の部分に
「一二三と123は表裏の関係である」
と書いてありました。
この「表裏一体」の意味は、よくわかりませんが、
普通に考えれば「一=1」「二=2」「三=3」を表してるように感じます。

それで終わっちゃう話ですが、
ここで勝手に個人的に
「一二三」と「123」の“違い”を考えてみました。

三リンゴ.png

イチオウ リンゴのつもりです。
この絵を文章にすればこうなります。

「リンゴがひとつ、ふたつ、みっつ 全部でみっつのリンゴがあります」

文字を書き換えれば、こんな風になるかもしれません。

「リンゴが1つ、2つ、3つ 全部で三つのリンゴがあります」

こんな事を思った理由は、
「1」「2」「3」は全て 1画 ですが、
「一」「二」「三」は一画 ニ画 三画 と、
それぞれの意味と対応した画数になってたからです。
この関係は「一二三」の時だけ成り立って、
その他の数字ではこうはなりません。
もしこれが全ての数で成り立つとすれば、
「1」だろうが「6」だろうが、あるいは「100000」だろうが、それは「一」であり、
もしもマルで表すと全て「●」
「123」は数の多少じゃなくて、それぞれを区別する為の「背番号」みたいなもの。
対して「一」は「1」 マルで表すと「●」 「六」は「1 2 3 4 5 6」で「●●●●●●」
「一二三」は数の多少を表す、「1」「2」「3」がいくつあるか表示するためのもの。
式で表せば「一=1」「二=12」「三=123」になるんじゃないか、
という仮説を立ててみました。

「一二三」に対する二種類の考え方がこんな感じです。

一二三と123.png

ここでかなり強引ですが、
この二種の考え方を日月神示の「一二三」の解読法の1つだと“仮定”してみます。
そしてそれをもっと押し進めて、
この二つの方法で「一二三」 を変換する事で、
なんと畏れ多くも
「ニニギノミコトの三種の神器」と「ニギハヤヒノミコトの十種の神宝」を表現してみました。



                                            スタートは「一二三」です。
                                            まず表裏一体の変換
                                            次に今回の仮説変換と、
                                            交互に変換してみます。 
ニニギ次元.png
「一」←→「1」に来るとこれで完結しちゃうというか、
「一」と「1」を行ったり来たりです。
(「3」→「一」←→「1」の部分はちょっと三位一体を感じさせるような…?)



こちらもスタートは「一二三」です。
まずは仮説で、次は表裏一体と、
交互に展開してみます。
ニギハヤヒ次元.png
珠の数は「十」以降も
「十」→「十五」→「二十一」→「二十八」→「三十六」→「四十五」→「五十五」
と無限に増えていきます。
(これは「三角数」と同じみたいです)

「一二三」と表裏一体の「123」 それを「一二三」表示した「三」
これが「ニニギの三種の神器」

「一二三」を今回の仮説に変換、再び表裏一体の「一二三」に変換、
さらに仮説の表示に変換した「1 1 12 1 12 123」=「十」
これが「ニギハヤヒの十種の神宝」

ではないのか。

ワケワカラン話かもしれませんが、勝手に続けます(笑)
今回の考えだと、
ニニギの神器は「三種」あるいは「一種」
ニギハヤヒの神宝は、
「十種」どころか、無限に多くなります。
なぜ「三」と「十」で止めたのかは判りませんが、
この変換法は「次元」と近しいようなので次元と絡めてみます。
1・2・3次元の「一二三」はこんな形状になるのかもしれません。
0123次元一二三.png
「三種の神器」は1次元の「一二三」?
「十種の神宝」は3次元の「一二三」?
「六つの珠の一二三」は2次元の「一二三」?
以前の記事で「1+2+3=1×2×3」について書きましたが、
この式の答えも「六」になります。
それに続くもう1つの「六」かもしれません)

もしも次元を結びつけて、
「2次元一二三」を1次元で
「3次元一二三」を2次元で表示できるなら、
こんな感じかもしれません。
3→2 2→1次元.png


この「3次元一二三を2次元表示」を使うとこんな仮説もありうるかも。
十個の玉が空中に浮いてると考えてください。
二神視線2011.png
上下の方向から見ると三つの玉で「ニニギの三種の神器」
前後から見ると十つの玉で「ニギハヤヒの十種の神宝」
そして左右から見ると2次元一二三を一次元表示で表した「一二三」
(これが日月神示の「一二三」?)
「三種の神器」も「十種の神宝」も「日月の一二三」も、
見てる位置、視線の向きが違うだけでおんなじモノ
それが今回の結論です。
(…勢いで続けます、笑)

二神の方向性は、
三種の神器のニニギは2→1次元と進んで
「一←→1」のゼロ次元へ?
(ゼロ次元が存在するのかも知りませんが)
十種の神宝のニギハヤヒは2→3→4次元へと向いてるようです。
これらの仮説から二柱の神の性格付けをしてみると、
ニニギノミコトは物事の源泉、根源を向いて、
一次元を越えて「ゼロ次元」まで目指そうとする神
ニギハヤヒノミコトは三次元どころか、四 五…次元と無限の広がりを表す神
日月神示の神の印 「○のなかに ・ 」で考えると、
中心の「・」を目指すニニギ
「円」から「球」へ、さらにその上を目指すニギハヤヒ
なんて感じだったりして…と宇宙で銀河でひとり妄想しています。
そんな次元の二方向・逆ベクトルを目指す二神に挟まれた位置にいるのが、
僕らノンキな人類なのかもしれません。
(「6」を人間に結び付けてる宗教があるので)

…ワケワカンネですよね(笑)申し訳ない。
自分でもアブナイ人になったみたいで、ヤバイなぁと思ってます。
もしかしたら数学的にトンチンカンな事書いてて、
ただ恥をさらしてるだけなのかもしれません。
それでも最後まで読んでくださった方には感謝します。
それでは…

                 「ニニギノミコト」が見てる「三種の神器」?
 「ニギハヤヒノミコト」が見てる「十種の神宝」?
ニニギ一二三&ニギハヤヒ一二三.png


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 TWISTEQUALの「自分なりに解いてみました 日月神示 Ⅳ」
「神様コンパス」

ボクは雑な人間なので、
小学校時代にコンパスで円を描く時、
いつも中心に穴を開けていました。
それをなんと、日月神示や大本に絡めてみます。

紙に穴が開くということは、そこにチカラが加わってるからで、
大きな円を描いたり、円を2重3重にするたびに、
穴は深くなったり大きくなったりします。
中心の穴が円周に対応した関係になってるわけです。
日月や大本で神の印とされている
「○」のなかに「・」も、これに似ているかも、と勝手に思っちゃいました。
直径が4cmの円だったら、円周の長さは4π(4×パイ)cmですが、
中心の点は「点」でしかないので、長さは限りなくゼロに近い無限小の長さです。
でも、この「点」は見た目は「点」ですが、長さ4πcmぶん移動してるというか、
強引に式にすれば、「・」=4πになるんじゃないか、と思いました。
円周の長さじゃなくて、運動量で例えてみます。
円を一周するのに100歩かかる人間がいるとします。
その人間が中心に立って100歩足踏みしてる。結局、円周も中心も同じ運動量です。
そんな感じです…もっと混乱しちゃうでしょうか。
ワケワカラン事を書いてるかもしれませんが、もうちょっと我慢してお付き合いください。
もし太陽光線にたとえれば、
朝日や夕日は違いますが、普通の太陽光は色のついてない光です。
でもホントは「赤橙黄緑青藍紫」などの目に見える光や、
紫外線・赤外線のような見えない光が含まれた、
色々な波長の光の集合体です。
それらが全部合わさって、あの光になってます。
イメージ的にはこんな感じ↓点線の部分は目に見えない波長の光線です。
カミサマコンパス

伝えたいイメージがうまく伝わってるか微妙ですが、
「一見、点のようだけど円周とイコール」「様々な波長の光を統合して出来る光」
「○」のなかの「・」は、こんな感じに例えられるのかな?と思っています。
今書いてて思いつきましたが、
霊界物語の様々な宝珠は、実在するのかもしれませんが、
「紫の波長」「赤の波長」とか「色の波長」も表してるのかなぁ?とちょっと想像。
「真澄の珠」は透明って事なので、太陽光にたとえれば、
目に見えない波長、あるいは全ての波長を統合した光なのかな?…

色々考えるのは楽しいですね。読者不在かもしれないけど(笑)
上の絵は「inkscape」というフリーソフトで描きました。
グラデーションの作り方がわからなかったので、
1.5度の扇形を190枚、ちょっとづつ重ねてます。
もしかしたら無駄な努力かもしれないけど、製作は楽しかったです。
(画像は拡大できちゃうぞ! 笑)


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 EQUALハリウッドの仕組み
ハリウッド映画っておバカな映画が多いです。
人によっては全部が「おバカ映画」なのかもしれません。
僕は意外と好きですけど(笑)
(今回も魔方陣はありません、あしからず…)
そんな僕も「なんでこんなに一生懸命作ってるんだろ?」と思う時がありました。
答えは「儲けるため」「アメリカ文化を世界中にばら撒くため」だと思います。
それが原動力のほとんどだとしても、もっと違う側面もあるんじゃないか?
僕の考えるハリウッド映画の役割のひとつは
「みんなを真実の水にならすため」です。
寒中水泳で冷たい水に入る前にチャポチャポ水を浴びるのと同じように、
真実の水になれるためにハリウッド映画はあると思ってます…
…読者不在かもしれませんが(笑)続けます。
「潮満珠と潮干珠」という宝珠があります。
もう一つの珠と3つで世界を浄化してくれるという
ありがたいありがたい宝珠です。
1989年に「アビス」という映画が公開されました。
ネタバレですが、深海の知的生命体が、環境を破壊する人類を滅ぼす為に、
ラストに異常な大津波を起こし、人類は破滅寸前まで行くという話でした。
(でもハリウッドなんでハッピーエンド、笑)
CGだらけの「単なるハリウッド映画」です。
でも映画のストーリーが、大本の描く未来像と、ほとんど同じですよね。
違うのは「深海生命体」と「宝珠」だけですが、
この2つが繋がる可能性は、全くの「ゼロ」なんでしょうか?
もしかしたら「高橋克彦」さんだったら結びつける事ができるかも…
「シュメール人に文明を授けた「オアネス」は
「海の中から現われた半人半魚の神だった」そうです。
海の向こうじゃなくて海の底から現れた、と考えられています。
そこから高橋さんは宇宙人に結び付けていきましたが、
「霊界物語」にリンクさせる事もできそうです。
2つの宝珠は「豊玉姫神、玉依姫神」に関連付けられますが、
この神様も海の底の龍宮城にいるらしいです。
神話ではワニの姿に変化して子供を産んだ豊玉姫神ですが、
「これは比喩で、海洋民族の…」みたいな「おりこうさん」な解釈しないで、
ストレートに考えてはダメなんでしょうか。
暴論かもしれませんが、
霊界物語の一部もアビスと同じように「海底に住む知的生命体」との交流を描いてた。
そして霊界物語が昔話のようにファンタジーっぽく書かれているのは、
多くの人が読めるように配慮してるからと思いますが、もしかしたら、
あんまりリアルに書くと一般の常識から弾かれる「真実」が含まれるから?
そんな気がするんですが…

「だからどうした!」って話ですよね。深海に知的生命体がいてもいなくても、
私達の人生に関係ないですからね(笑) でも勝手に話を続ければ、
どこかの秘密結社が「海底の知的生命体の話を作れ!」
って命令したわけじゃないと思います。脚本家のインスピレーションが、
王仁三郎と同じ場所からやってきた(レベルの上下はあっても)
そう考える事ができると思います。
「タイムマシン」(2002年)や「マトリックス」なども、霊界物語にチラッと出てくる
50世紀の世界みたいで驚かされます。
これらも想像力の産物と言ったらそれまでですが…
これらの映画を含めて、現実離れしたCGバリバリの映画は
単なる暇つぶしで次の日には忘れちゃうとしても、
現実と見間違うような「過剰なリアル感」は、
世界中の人間の深層意識に残ってる可能性はあります。
「UFOが存在するしない」は別として、
ほとんどの人がUFOをイメージできるようになったのは、
リアルすぎるCG映像を何度も見せられた事も原因のひとつだと思います。
それと同じ事が「霊界物語」でも起こってるとすると、
おバカなハリウッド映画の存在理由もちょっとは変わると思ってます。
「ミノオワリ」ならぬ「ハリウッドの仕組み」って感じの…

「ハリウッドの仕組み」なんて書きましたが、ほとんどが「意味ねぇ」映画だと思います(笑)
でも最近は不景気なので世間的に保守的風潮です。
そうなると「内輪受け」の小さな世界で暮らすのが賢い選択だと思いますが、
「内輪受け」じゃなくて「自分の知らない広い世界」がある事を忘れたくない
そんな「甘ったれた希望」は持っていたいです。
そして「知らない真実」「いつか未来に見るかもしれない真実」に触れられる映画を見たい、
と個人的には思ってます。

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 TWISTEQUALの「自分なりに解いてみました 日月神示 Ⅲ」
2回もミョウチクリンな事を書いたので勢いで3回目。日月神示×千曳の岩について。

千曳(千引き)の岩を何のために置いたか。
一般的には黄泉の国から来る妖怪みたいなのを防ぐためと言われています。
しかし荒俣宏さんは面白い解釈をしています。
「千曳の岩が生者と死者の境界にある事から
両者が対峙し殺しあうだけでなく、ここで交渉、話し合いが行われた事を教えてくれる。
千曳とは『霊引き』で、霊魂が集まり神が降りてくる岩の事ではないか」
とおっしゃってました。確かに岩越しに話し合ってましたよね。
これを独断と偏見で「日月神示」と組み合わせてみました。

前回「一二三」をプラスの世界、この世と仮定しました。その説を強引に推し進めます。
「一二三」とは僕らが普通に生活してる「この世」
あの世なんて無い、死んだらおしまい、と言い切れる人がいっぱいいるけど、
「霊界がある」と誰も証明できない世界。

「○一二三」になると霊界への窓が開いた状態
書いてる自分もどんな状態かわかりませんが(笑)
日月にある「石がしゃべったりするぞ」「わけのわからん神がかりが増えるぞ」
みたいな世界だと思います。
霊界と一口に言っても「霊界」「幽界」の正邪2つに分けられるらしいですが
どんな神霊も悪霊も制限無く、この世にやってくるのが「○一二三」の状態だと思います。
現在からすればありえない世界が「来る」と予言してる事になります。
こんな未来が来るかどうかは判りませんが、あると仮定して続けます。

「○のなかに ・ 一二三」は
霊界との境界に置かれた千曳の岩によって魔物を防ぎつつ「交渉、話し合い」ができる状態。
これって審神者(サニワ)そのものじゃないでしょうか?
日月には「ウシトラの金神がサニワの神」とあった気がしますが
その意味では「ウシトラの金神=千曳の岩=『・』」になるかもしれません。
作家の高橋克彦さんは「国常立尊はストーンサークル中央の立石らしい」
と推理なさってますが、この事も日月神示と地続きなのかもしれません。
ストーンサークルも集落の外れにある場合が多いらしくて、
一種の境界を示してる可能性があるそうです。
また「一厘」は1000分の1の事ですが、千曳の「千(1000)」を暗示してる…?
つーのは…ありえないでしょうね。

まぁこんな解読してみても自分の人間性が高まるわけじゃないですが、
色々考えるのは面白いですね。
こんな珍説を読んでくださってありがとうございます。
おわびと言っては何ですが、次回はす・さ・ま・じ・い魔方陣をお届けします。
(次回と言っても5分後くらいです、笑)


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 TWISTEQUALの「自分なりに解いてみました 日月神示 Ⅱ」
ちょっと思うところがあって訂正しました。でも、
「日月の○・」「千曳の岩」が加わって面白くなってると思います。

もうあきれて誰も読んでないでしょうが続けます(笑)
2+2=2×2
1+2+3=1×2×3
みたいに「+」「×」が取り替えられる数字…と考えてみたら
「0」(ゼロ・zero)だなぁと思いました(高等数学じゃなく小学生の算数の話ですが)
0+0=0×0 
0+0+0=0×0×0
また一部の数字が-3などのマイナスだったら当然イコールになりません。
-2+(-2)≠-2×(-2)
1+2+(-3)≠1×2×(-3)
ただし「一二三」の場合、全部がマイナスならイコールになります。
(-1)+(-2)+(-3)=(-1)×(-2)×(-3)
グダグダ何を言いたいかというと
一般的な数字は「0」を境界線にしてプラスとマイナスの世界に分けられます。
だとしたら、
「二二」とは「プラスの世界から見た『0』」を表している?
さらに「一二三」とは「プラス・マイナス 2つの世界から見た『0』」
うまく表現できませんがそう思いました。
「プラスの世界から誰がゼロを見るんじゃ、ボケ!」
「プラスマイナスの世界?何じゃそりゃ」とお思いになるのは当然です。
書いてる自分も意味ワカランです。プラスの世界、マイナスの世界とか…
そこで自分なりに解いてみます。

どんな人間でも誕生した時はゼロからの出発で、
100億の資産、10000人の部下があったとしても
年老いて死ぬ時は再びゼロになって、ひとりであの世へ行くものだ、
という考え方もアリだと思います。
「あの世」を信じてない人なら「ゼロになって死ぬ」は納得できると思います。
そこで強引かもしれませんが、
「この世」と「あの世」を「プラス」「マイナス」と考えてみました。
そうなれば真ん中の「0」は2つの世界の『境界』です。
生死の境界で思い浮かんだのがイザナギイザナミの2神です。
イザナギの統べていた顕界 『この世界』がプラスの世界、
イザナミの統べていた幽界 『黄泉の国』がマイナスの世界になります。
それらを組み合わせれば
「『0』を見てるのはイザナギとイザナミ」
が自分なりの解読です。
これだけでもかなり吉外(crazy)な話ですが、さらに続けちゃいます。
日月神示「○一二三」の「○」もゼロと同じ位置にあります。
ナギナミの神話を日月神示に当てはめれば
日月の「○に・を入れる」とは「境界に千曳の岩を置く」事じゃないのか?
好き勝手な無責任ブログなんで、またまた宣言します。

「日月神示の『・』=『千曳の岩』なのだ」

ふざけた宣言なんかして、あきれた方もいると思います。
これじゃホント、吉外(crazy)の妄言ですよね。
(すでに「千曳の岩」は置かれてるはずだし)
でもなんとなく書かずにいられなかったので
危ないヒトと思われても良いから書いてしまいました。
こんな妄想を最後まで読んでいただいて、みなさんお疲れさまでした。


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