TWIST&EQUALビフォーアフター
世の中に隠された謎を発見!できたり、寺社仏閣の探検?ができたらいいなぁ…と願いつつ
07 | 2017/08 | 09
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 EQUAL(宇佐神宮+やんごとなき)÷2=玉置神社×熊野本宮=綾部大本
「宇佐神宮」は九州大分にある八幡宮・八幡社の総本社です。
北は北海道、南は沖縄県と日本中に広がり続け、
系列の神社「八幡宮・八幡社」は1万~2万で第二位。
祭神で分類すれば日本で一番、数が多い
大分県「宇佐」にある宇佐神宮はそんな神社らしいです。
八幡宮はあちこちにありますが、なんだか謎な存在です。
神功皇后や応神天皇が祭神ですが「それは途中から」と、みんな思ってるはずです。
やんごとなき一族に愛され「皇室第二の宗廟」と呼ばれた時期があったり、
源氏系列が大事にしたのは有名ですが、
元々の祭神も「八幡宮」自体もナゾのまんまです。
そんなナゾナゾな神社ですが、もうひとつのナゾナゾな神「熊野」を絡めると
なんとも面白い魔方陣が現れました。
実は反則ワザを使った魔方陣なんですが、その反則ワザから「綾部」という場所の意味、
なぜ大本がナオ×王仁三郎のダブル教祖だったかを推理する事が出来ました。

宇佐綾部熊野御所3.jpg

まず青いラインから
宇佐神宮→熊野本宮大社   409.186480km
玉置神社→御所         408.067294km 誤差0.274…%の二等辺
ご存知の通り、御所の近くには明治時代の御所
「明治宮殿」(現 宮殿)や「江戸城天守閣」がありました。
玉置神社→明治宮殿      408.337723km 誤差0.208…%
玉置神社→江戸城天守閣跡 408.758964km 誤差0.105…%


「なんでラインが互い違いになるんだ?」 ご批判は当然ですが、
そのまま赤いラインに続きます。
宇佐神宮→玉置神社      415.193717km
熊野本宮→御所         417.668204km 誤差0.596…%
熊野本宮→明治宮殿      417.932842km 誤差0.660…% 
熊野本宮→江戸城天守閣跡  418.361761km 誤差0.763…% 
とても長いラインですが、とても小さな誤差です。
ただしこの魔方陣は「互い違い」という反則を使っています。
ちなみにラインを互い違いにしないと、
宇佐←玉置→やんごとなき場所 の誤差は1.746…%
宇佐←熊野→やんごとなき場所 の誤差は2.073…%
意外と小さい誤差ですが、上記の小数点以下を見ると大きく感じてしまいます。
(熊野本宮は「大斎原」にポイントしています。そこがホントの位置だと思うので)

地図には紫のラインも引いてあります。
宇佐神宮→綾部大本   407.576697km
綾部大本→御所      409.348888km 誤差0.435%
綾部大本→明治宮殿   409.750033km 誤差0.533%
綾部大本→江戸城     409.935459km 誤差0.579% 
互い違いになってる「玉置神社」と「熊野本宮大社」の役割を、
ストレートに「綾部」ひとつでやってるみたいです。
それに青、赤、むらさきのラインがほぼ同じ長さなので、
地図上に「ひし形」を描いています。
現在の「やんごとなき場所」
明治時代のやんごとなき場所「明治宮殿」
江戸時代の「江戸城天守閣」
「3つとも魔方陣を作っている」と言える誤差です。
江戸時代、綾部を支配していたのは「大本と因縁ある」九鬼氏です。
彼らは熊野出身の一族と言われています。
(現在の熊野本宮大社の宮司もなんと「九鬼」という苗字で同族らしいです)
徳川幕府の命令でここに飛ばされて、
現在綾部大本のある本宮山に屋敷があったそうです。
徳川が魔方陣を駆使したのは加門さんの調査で明らかになっています。
今回のヤツも「江戸城でも魔方陣として機能したかも」と思える誤差です。
もしかしたら「宇佐神宮、玉置神社 熊野本宮」と魔方陣を作れる位置に江戸城を作り、
それを補強する為に熊野に縁深い九鬼氏を移動させた?
これも「大江戸魔方陣」のひとつ?そんな想像をしています。
(このまま読み進むと、この想像がリアル方向に近づくかも)

熊野本宮大社の主祭神は「家津美御子大神」 スサノオ尊の別名といわれています。
王仁三郎の「十和田湖の神秘」でもスサノオと書かれています。
一方の玉置神社の主祭神は「国常立尊」です。
様々な神が降りてきたらしいですが「ナオ=国常立尊」「王仁三郎=スサノオ尊」の御魂
ほとんどの人がそんなイメージを持ってると思います。
そんな「ナオ×王仁三郎」で成り立っていた綾部大本だから、
「玉置神社×熊野本宮」と対応するような魔方陣を作る事が出来た?
また王仁三郎はこんな事を言っていたそうです。
「本宮山は平重盛の居城だった。
本宮、新宮、熊野神社、那智の滝など、みな紀州の地名と同じである」
(平重盛が綾部に熊野信仰を広めたという情報もありました)
綾部を支配していた九鬼氏は前記のように熊野の出身です。
そんな彼らは邸宅のあった本宮山のふもとに鬼門大金神を祭っていたらしいです。
王仁三郎の発言と魔方陣を組み合わせれば、こんな風に読み替えられないでしょうか。

(熊野)本宮山に鬼門大金神(玉置の祭神、国常立尊)を祭っていた

これらの推察から「玉置神社×熊野本宮=綾部大本」という式を導き出しました。
これも「大本と九鬼氏の因縁」の一つと思っていますが、どうでしょうか…
また江戸時代から本宮山で鬼門金神を祭っていましたから、
↑上記の「ひし形魔方陣」が江戸時代から機能してた?なんて考えたわけです。

玉置×熊野と綾部大本をもうちょっと追求してみました。
宇佐内宮セントラル俯瞰拡大.jpg
個人的に勝手に作った「金神ライン」ですが、伊勢内宮宇佐神宮ラインの真ん中
「伊勢宇佐セントラル」スレスレで交差します。
金神ラインとは?
この「宇佐内宮セントラル」を使うとこんな発見が、
宇佐内宮セントラル綾部玉置本宮.jpg
青いライン
熊野→綾部     168.617762km
玉置→セントラル 166.164973km 誤差1.476…%
赤いライン
玉置→綾部     160.615284km
熊野→セントラル 161.947873km 誤差0.863…%

「たがいちがい」という反則技の魔方陣でしたが、
僕は意識的だと信じてます!(信じても何の得にもならないけど、笑)
徳川家が九鬼氏を綾部に置く事で「玉置&熊野」と呼応させて、
はるか遠くの宇佐神宮を江戸城まで導いていたとすれば、
それと同じように綾部に「ナオ&王仁三郎」がいる事によって、
またまた「玉置&熊野」に呼応することになって、
今度は皇居まで宇佐神宮を導くことができた?
ナオや王仁三郎は「綾部までいたしたら天皇陛下を守護できるのに」
と言っていたようですが、これも一種の守護にあたるのかもしれません。
それにしてもそこまでして引き入れたかった「宇佐」のチカラって何なんでしょうか?
やっぱり「八幡は謎の神」です。


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