TWIST&EQUALビフォーアフター
世の中に隠された謎を発見!できたり、寺社仏閣の探検?ができたらいいなぁ…と願いつつ
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 TWIST 「イナリの王様&お姫さまのイナリ」 EQUAL
いろんな神社を取り上げてきましたが、
とうとう禁断の…(笑)
「イナリ」の魔方陣を探してみました。
(禁断と言っても別に悪いイメージは持ってないですが)

とても長くて読むのも一苦労だと思います。
言い訳から始まりますが、読み飛ばしても良いと思います。
(緑の部分は基本「言い訳」です、笑)
その後は西日本・東日本に分けていて、
ちょっと変化球の魔方陣もありました。
アドレスの「200」を記念できればいいな、
と思いつつ発表してみます。




「三大稲荷」すらハッキリしないのが、稲荷の手ごわさを表しています。
京都の「伏見稲荷大社」は確実だと思います
仏教系ですが、愛知の「豊川稲荷」も三大の確率は高そうです。
でもそれ以外はハッキリしなかったのでいつものようにWikiに頼りました。
Wikiの稲荷神の「日本三大稲荷」を参考にして

三大候補九社

伏見稲荷・豊川稲荷・笠間稲荷・祐徳稲荷・最上稲荷
瓢箪山稲荷・千代保稲荷・草戸稲荷・竹駒神社
 
この九つの稲荷を選びました。
(Googleの検索結果の多い順に並べかえました)

「関東三大稲荷」もあるそうです。
笠間稲荷・王子稲荷・白笹稲荷
諸説あるらしいですが検索すると、
この三社くらいしか引っかかりませんでした。
失礼ながら「白笹稲荷」は初めて知りました。
でも面白いことに、この神社は三大に確定していて、
「あと二つはどこですか?」ってネットで質問してる方もいて、
もしかしたら関東の方にとっては馴染み深い神社なんでしょうか?
軽い疑問を抱きつつ、この三社を選択
関東三大

ここから言い訳のようなモノを…
結果から言うと今回も比率の魔方陣が多かったです。
しかし比率の魔方陣は「これは偶然かも?」と自分でも思うことがあります。
全くの偶然でも成り立つ可能性は、
他のタイプの魔方陣より高いはずだからです。
(それでも意図的な場合もあるんじゃないかと推察して、
これまで発表してきました)
今回はポイントが多くて、良い機会なんで、
どれくらいの比率があるのか調べてみました。
三大候補を九社選びました。
試しに伏見稲荷から残りの八社にラインを引いて、
8本から2本を選べば、組み合わせは「36通り」あります。
36通りの中から、誤差が小さいと思われる組み合わせを探してみました。
伏見稲荷から
笠間:竹駒は「3:3.953…」で、ほぼ「3:4」です。
さらに探していくと
草:竹 「2:5.012…」
笠:祐 「7:9.070…」
豊:笠 「1:2.924…」
瓢:笠 「1:12.069…」
最:草 「7:8.914…」
千:草 「3:7.969…」
豊:最 「5:6.038…」
瓢:最 「1:4.984…」

全部で9個 割合だと9/36で
「4割」が比率のようなモノをを持ってます。
豊川稲荷では8個 他の稲荷でも3~12個の比率が見つかりました。
これら全部が
「意図的な比率なのであ~る」と宣言したいですが、
それは自分でも疑問に思います。
「7:9」「2:5」とかビミョーに(偶然に)思える
比率も混じっています。

正直な話、こんなにたくさんあるとは…
勝手な思い込みでもっと少ないと思ってました。
言い訳がましいですが、
1本のラインで8つの組み合わせができます。
いつも比率を出すときは、もっと少ない組み合わせで
比率が出てきたので意図的と考えてきました。
今回はラインが多すぎるので、
全ての比率が意図的なのかハッキリわかりません。
今まで意図的と見なしてきたプラスワンとか、
なにか共通点があるとか、
そんな比率を取り上げたいと思います。

それぞれの稲荷は他の二社と「三大稲荷」を名乗っていますが、
その三社に比率があるか、イチオウ探してみました。

笠間 と 伏見・豊川」
伏見から豊川:笠間 「1:2.924…」
笠間から豊川:伏見 「5:6.975…」
(どちらもなんかビミョーな比率?)

祐徳 と 伏見・豊川」
(豊川も同じメンバーで三大です)
祐徳から伏見:豊川 「4 : 4.971…」

最上 と 伏見・豊川」
伏見から豊川:最上 「5:6.038…」
最上から伏見:豊川 「5:9.057」(これもビミョー?)

瓢箪山 と 伏見・豊川」
千代保 と 伏見・豊川」は残念ながら無し。

草戸 と 伏見・豊川」
豊川から伏見:草戸 「2:5.011…」(ビミョー?)

竹駒 と 伏見・笠間」
伏見から笠間:竹駒 「3:3.953…」
 
いつもだったら大喜びしそうな比率がたくさんあります。
しかし比率らしきものが多すぎるのがわかると、
あれもこれも比率だと言いづらいのも事実です。




ここから後半、意識的に思えた魔方陣です。

西日本から
祐最伏豊二等分
一本だけムラサキのラインですが、
実際は赤と青のラインが重なっています。

祐最伏豊二等分拡大
赤ラインは「祐徳―伏見ライン」です。
青ラインは方位角「66°33′01.155″」
(実際は66°33′01.16″)のラインです。
祐徳→豊川 71°53′55.96″
祐徳→最上 61°12′06.35″なので、
「最上・祐徳・豊川」が作る角度をちょうど二等分にするラインです。
伏見稲荷あたりを拡大しても、本殿から145m 
稲荷山頂上にある「末広大神」から540mぐらいを走っています。
560km以上あるラインがこれくらいのズレ、
というか御神体である稲荷山に引っかかっているので、
「祐徳→伏見ラインは二等分ラインである」と言えそうです。
※伏見のポイントは本殿か末広大神にするか迷いましたが、
このラインが本殿の方に近かったので本殿にしました。
二つは約1.1km離れています。
また最上稲荷は江戸時代から存在して動いていない
旧本殿の「霊応殿」にしました。他の稲荷はすべて本殿です※


草戸稲荷・千代保稲荷もラインに絡みそうですが、
祐徳→最上ラインから2.6km
祐徳→伏見の延長ラインから3.6km離れています。
もしかしたら一直線を目指してたのかもしれません。
祐最伏豊二等分ライン延長



登場した四社を「三大稲荷」でククってみると、
祐徳・伏見・豊川」
最上・伏見・豊川」
豊川・伏見・祐徳」
となるので、三大稲荷で成り立つ魔方陣になります。
最も興味を引いたのは、魔方陣の頂点にある「祐徳稲荷」です。
イチオウ「4 : 4.971…」の位置に「伏見:豊川」があったりします。
祐徳伏見豊川4:5

魔方陣をよく見ると、さっきの赤青ライン上に、
「稲荷」ではなくて「八幡」がありました。
八幡宮の総本社「宇佐神宮」です。
祐最伏豊二等分宇佐拡大
「八幡」は稲荷と並んで勢力拡大に成功したグループです。
「なんだか正体がハッキリしないけど金属神らしい」って共通点もあるようです。
青い部分がGoogle mapで宇佐神宮と表示されていたゾーンです。
二本のラインが通っているのは、宇佐神宮の駐車場あたりで
境内ってより「敷地」って感じです。
でも560km以上のラインがスレスレですが、
宇佐神宮(の敷地)に引っかかっているので、
「稲荷の総本社→八幡の総本社→祐徳稲荷」
のラインは存在すると考えました。
祐徳宇佐伏見
もし二大勢力と繋がりを持ってるなら、
祐徳稲荷は、かなりの大物なのかもしれません。



祐徳稲荷は豪華絢爛な社殿から
「鎮西日光」と言われてるそうです。
ネットで見ると確かに
日光東照宮のように派手派手ですが、
西日本の派手な神社だったら、
「他にもあるんじゃないか?」と思ったりします。
そんな祐徳を「稲荷」でなく、
「日光(東照宮)」と見立てると面白げな発見がありました。
東京魔方陣に載っていた
「和歌浦東照宮→石清水八幡宮→伏見稲荷ライン」と
同じ順番で同じ系列が並んでいます。
(和歌浦ラインはもっと延長して日吉大社まで伸びます)
祐徳宇佐伏見和歌浦岩清水伏見

●祐徳稲荷が鎮西日光と称されたのは、
豪華さを強調するってより、
遠い西国で日光東照宮の役割をしてるのを、
コッソリと宣言するためだった?
「鎮西」は九州の異称らしいですが、
九州だけでなく「西日本全部を治める日光」が祐徳稲荷?

●この神社を創建した萬子媛の諡名(≒戒名)から
「祐徳」と名付けられたそうですが、
「徳」の文字はやっぱり「徳川」を連想させます。
もしかしたら神社名が徳川を連想させる祐徳になるように
裏工作した人々(おそらく幕府関係者)がいた??
ここに神社を建てたのも徳川の指示??
※萬子媛の説話がウソだと言ってるわけではありません。
事実かもしれませんが、鎮座の場所や社名を決めたのは、
このお姫さまではなくて、おそらくプロの仕業だったと思います※

●魔方陣では祐徳が伏見・豊川(+最上)を束ねる位置にいました。
祐徳稲荷(鎮西日光)と日光東照宮(≒徳川家の神社)
名前を共通させる「見立て」のマジカルが機能してたなら、
稲荷(鎮西日光)≒「徳川」が間接的に全ての稲荷の上に立てる???

こんな珍説を立ててみました。
江戸の地にたくさんあったイナリを統べたい欲望は、
徳川将軍家(幕府)は持っていたと思います。
現時点では日光東照宮(≒徳川?)と伏見稲荷は
直接結びついていません。
鎮西日光や八幡を「盾」にして
間接的に繋がってるように見えます。
稲荷神はウワサどおり、
「パワーはあるけど近づきすぎるとヤバイ」ので、
稲荷(鎮西日光)と
連想ゲームみたいに繋がる「安全策」?

※名前の共通と言えば、
祐徳稲荷があるのは鹿島市ですが、
鹿島神宮があるのは鹿嶋市です。
鹿島神宮もある事だし、合併後は鹿島市にしようとしたら、
先を越されていたので、泣く泣く茨城県鹿嶋市にしたそうです。
鹿島藩→鹿島町・鹿島村が近隣と合併して「佐賀県鹿島市」
当たり前の結果なんでしょうが、
色々妄想したくなります。
例えば鹿島によって日光の臭いを消すためとか
(ホントは伊勢市と名付けたかった? 笑)※

鎮西日光祐徳鹿島市



「伏見&祐徳」以外にも、
「最上」と「草戸」を水色のラインで結んでみたら、
延長線から800m以上離れてますが、再び宇佐神宮
最上草戸宇佐+延長ライン
水色ラインは宇佐の敷地にも引っかかってませんが、
宇佐と最上を直接結んだオレンジラインは草戸稲荷はラインから160mです。
これくらいだとほぼ一直線と言えそうです。
宇佐拡大草戸拡大最上
また宇佐神宮からの距離は
→草戸稲荷 210.561843km
→最上稲荷 262.098605km
比率は「4 : 4.9790…」で「4:5」って感じです
宇佐草戸最上4:5
※とは言っても、
宇佐神宮から、9つの三大候補へ
9本のラインを引くと組み合わせは45通りです。
そのうち正確そうな比率は、
「4:6.952」「1:1.999」「2:3.038」「3:5.007」
「3:3.947」「5:5.988」「1:1.990」「4:5.048」
「2:4.953」「3:4.984」「1:1.963」「4:4.979」
「4:4.979」「3 :4.923」
14個ありました。
「14/45」 約三割でかなり多いです。
こちらも全部が意図的とは、ちょっと言いづらいです。

この中には宇佐神宮から
→伏見稲荷 435.434855km
→豊川稲荷 572.903680km
「3 : 3.947…」も含まれます。
八幡総本社と二大稲荷が比率を持ってるみたいですが、
正確な比率が多すぎて、単なる偶然に見えてしまうのが残念です。
(宇佐だと「3:4」 祐徳でも「4:5」なんですが…)

宇佐伏豊3:4 祐徳伏豊4:5

九つのうち四社が直線を作っていて、
なんとな~く宇佐神宮を意識してるみたいです。
こうなる確率はかなり低いと思います。
短絡的な発想ですが、
稲荷と八幡は裏で手を結んでいた?
魔方陣、あるいはそれ以外でも、
お互いに助けあい、補完しあう事によって、
こんなに広まることが出来た??
稲荷は魔方陣を見ても神道系・仏教系が混在していて、
八幡は神仏習合を進めた張本人って見方もできます。
このあたりが臭いますが、
そっち方面はあまり詳しくないので追求できません。




続いて関東三大稲荷へ
下に行くほど面白くなるかも??

白笹:王子:笠間6:7
伏見稲荷から
→白笹稲荷 316.750986km
→王子稲荷 370.358826km
「6:7.0155…」(=5.9868…:7)
同じ比率なんですが5.9868…の方が、
誤差が小さく見える不思議(笑)
→王子稲荷 370.358826km
→笠間稲荷 435.079349km
「6:7.0485…」(5.9587…:7)
三ラインが二つの「6:7」の比率を持ってた?

豊川でも同じ事が成り立つのが、
ちょっと興味深いかも。
豊川稲荷から、
→白笹稲荷 176.844068km
→王子稲荷 236.726597km
「3:4.0159…」(2.9882…:4)
→王子稲荷 236.726597km
→笠間稲荷 311.889015km
「3:3.9525…」(3.0360…:4)
白笹:王子:笠間3:4
まるで魔方陣が「伏見&豊川」を「関東」へ導いてるみたいです。
※前述の通り、比率の魔方陣が意図的か、
最近は不安になってきました。
ただしこれは
・「伏見&」「豊川&」「関東三大」だけの組み合わせ
・三本だけのラインを一つずらして同じ比率
・プラスワンの比率
これが意図的なら「うまく作ったなぁ~」と感心したので、
書き記してみました※


上のラインを組み合わせると、
伏見笠間王子豊川5:6:7
「311.889015km : 370.358826km : 435.079349km」
=「5 : 5.9374… : 6.9749…」
ほぼ「5:6:7」になりますが、
変則的で「よく見つけたなw」って感じです。
でも一筆書きが出来るラインです。



王子稲荷から
→白笹稲荷 63.851673km
→笠間稲荷 84.211740km
「3 : 3.9566…」で、ほぼ「3:4」ですが、
二ラインを繋げると
笠間―王子―白笹 148.063413km
伏見―豊川      148.783199km
二つの差は0.486…%です。
稲荷の代表格「伏見&豊川」と「関東三大」で、
バランスが取れてると思います。
同じ高さからの俯瞰です。
伏見―豊川 笠間―王子―白笹.jpg
直接、笠間と白笹を結ぶと147.033257kmで
これもほぼ同距離かもしれませんが、
誤差は2倍以上(1.190…%)になります。
わずかに折れる(王子稲荷を経由する事)によって、
正確さを増しています。

さらに伏見―笠間  435.079349kmを加えると、
三ラインは「1:1.0049…:2.9385…」
ほぼ「1:1:3」になります。
地図を傾けてみれば、
まるでバランス取ってるみたいな形状です。
伏豊 笠王白1:3:1
三大候補の「千代保稲荷」がラインから約300mくらい離れてありますが、
これくらいの俯瞰だとまるでラインを中継(補強)してるようです。



西日本では八幡宮と(コッソリ)日光が出てきましたが、
こっちでも同じコンビが登場
日光―笹間稲荷―王子稲荷 156.003995km
日光東照宮―白笹稲荷    158.437522km
日光―鶴岡八幡宮       159.017190km
日光三大稲荷鶴岡
青と緑の稲荷ラインは誤差1.560…%
最大誤差は青と水色の1.932…%
最小は緑と水色です。0.366…%
「日光・白笹・鶴岡八幡」は、
かなり正確な二等辺なはずなのに、そう見えませんね。
鶴岡八幡宮はこの地方(関東)を代表する八幡ですが、
それはさっきの「宇佐神宮」「石清水八幡宮」も同じです。 
稲荷と同じく八幡宮は無数にあるので、これは重要だと思います。
「単なる偶然」の可能性が低くなりますから。




次も日光が起点の魔方陣らしきモノ
3つの角度のうち両端の角度が等しく見えます。
日光→伏見白笹王子笠間拡大
2つは「48.7739…度」「48.5522…度」で
差が0.457…%なので、ほぼ同角度だと思います。
このラインは日光東照宮から、
日光→伏見白笹王子笠間俯瞰
「伏見稲荷」「白笹稲荷」「王子稲荷」「笠間稲荷」へ向かうラインです。
同角度がわかりやすいように地図を傾けていますが、
わずか3度くらいです。日光がほぼ真北にあって
関東三大稲荷&神社系稲荷のボスを束ねてるみたいです。

2つの角度が完全に等しくなるようにラインを引けば、
京都では伏見稲荷より清水寺や東寺に近い軌跡です。
0.457%と言っても現実は厳しいですね。
笠間同角度京都俯瞰
(10進法と60進法が混じった数の
差を出しているので、実際の差とは少し違います。
小ささの目安として見てください) 

笠間稲荷の方が日光に近いので、
自動的に同角度のラインも近くなります。
笠間伏見同角度

同角度にすると、いまいち意図的に見えませんが、
以前の魔方陣「テンビン東照宮」では、
日光―久能山の東照宮ラインを軸にして、
江戸と京都をテンビンにかけている気配がありました。
テンビンと似ていますが、
日光東照宮が角度を二等分する魔方陣も
「東国三社 フィーチャリング 日光 * * * 」
「ツクヨミと三柱の太陽神たち」
「大本と日月神示と徳川と奥州藤原氏と、物部と」
などを発表してきました。
日光東照宮の特徴のひとつが
「テンビン(二等分)を作ること」と仮定すれば、
日光と王子&白笹が軸の、
ちょっと変化系のテンビンで、
「関東三大稲荷」と総本社「伏見稲荷」のバランスを取ろうとしてる?
なんて考えてしまいました。
俯瞰するとムラサキと緑のラインはこんな感じです。
日光→伏見白笹王子笠間俯瞰色分け


さっき東照宮ラインが、
京都と江戸の釣り合いを取ってると書きましたが、
京都と江戸の稲荷も釣り合ってるように見えます。
東照宮ライン伏見王子
「久能山・日光・伏見」33.717567…度
「久能山・日光・王子」33.748248…度
差は0.0910% さっきより小さいです。
さっきのように同角度を同じにすると、

伏見王子同角度拡大連結
伏見もかなり近いですが、王子の方はスレスレって感じです。
東照宮ラインは江戸と京都と言うより、
2カ所を代表する稲荷をテンビンにかけてると
言った方が正確なようです。
先程の「日光と四稲荷ライン」を考慮すれば、
こちらも意識的な配置のような気がします。
もしかしたら稲荷だけでなく他の系列も釣り合ってたりして…?



長くて飽きちゃったと思いますが、
これがラストなんで読んでいただけたら

日光東照宮から
→祐徳 958.185825km
→最上 568.749174km
→伏見 398.552521km
→豊川 292.996578km
まず気づくのは、伏見+最上≒祐徳です。
日光祐徳最上伏見
「967.301695km」≒「958.185825km」
二つの差は0.951…%

もう一本の豊川稲荷のラインも
豊川→祐徳ライン 700.606897kmを加えると
今度は、伏見+豊川≒豊川→祐徳
日光祐徳伏見豊川
「691.549099」≒「700.606897」
差は1.310…% 
ちょっと差が大きくて残念ですが、
日光からの4ライン全てに意味があって、
2つとも日光―伏見ライン、日光―祐徳を結ぶラインが出てくるのは面白いと思います。
日光+関東三大稲荷+鶴岡八幡に似てる魔方陣ですね。

ついさっき祐徳を「隠れ日光東照宮」とか言ってたのに、
日光自身が同じような事をしていました。
江戸時代に祐徳稲荷が出来た事によって、
西の稲荷が束ねられ、日光とのつながりも増えました。
表面的にはイナリ神社ですが、魔方陣から見ると、
「祐徳は西の日光東照宮」
と言い切れそうです。だとすれば、
東西の日光東照宮が稲荷たちを統べようとしてますが、
もしも稲荷がウワサ通り、ヤバめの存在だとしたら、
超無謀な挑戦にも思えます。
魔方陣的にはどんな決着がついたんでしょうか。




超長くなったんで
2回に分けた方が良かったかも、と思いますが、
せっかくアドレスも200なんでまとめて発表します。
稲荷魔方陣を探してたのに、
日光東照宮で終わるのもなんなんで、
最後にイナリのまとめ

あくまで個人的に「魔方陣の三大稲荷」を選べば、
「伏見稲荷」
「豊川稲荷」

そして二社(+最上)を束ねる
「祐徳稲荷」になるんじゃないかと、
勝手に考えています。
もちろん魔方陣以外にも様々なククリがあるので、
「これ以外は三大稲荷では無い」と言うつもりはありません。

お稲荷さんは各地で愛されたのか、
日本じゅうに広まりました。
その張り巡らされたイナリネットワークの中枢に
誰かが侵入しようとした形跡を、
今回発見できたのかもしれません。
まるでインターネットみたいな事が、
神仏の世界でも起こってたとしたら、
面白いようなコワいような、なんか不思議な気分です。

        「赤いイナリ&アオイ稲荷?」
赤いイナリ&アオイ稲荷


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 EQUAL東アジア「セントラル」&「 3 : 5 」
東アジアの近代史が
偶然にも二等辺&直交していたのが、前回の「JMCT魔方陣」でした。
今回も東アジアの魔方陣です。
数年前(2007年)に発表した
「伊勢鹿島・ソウルピョンヤン・紫禁城の魔方陣」を見ていたら
単純なのになぜだか気づかなかった発見がありました。

伊勢紫禁セントラル.jpg

ソウル青瓦台とセントラルのアイコンが、
ほぼ重なっています。
まるで伊勢内宮と中国紫禁城の真ん中に、
韓国青瓦台が位置するみたいです。とは言え、
拡大すればそれなりの誤差はあります。
伊勢紫禁セントラル拡大.jpg
セントラルは韓国の首都「ソウル特別市」の外にあり、
青瓦台からセントラルまでの距離は約5.9kmもあります。
「意外と遠いな」が素直な感想ですが、
1900km近くあるラインなんで、
(前回と同じく)これも許容範囲だと思いたいです。

次に伊勢内宮→青瓦台→北京と一直線になって、
青瓦台がちょうどセンターになるようなラインを引いてみました。
内宮青瓦台×2.jpg
内宮→青瓦台 944.535471km 294°23′37.37″
これを単純に2倍にして
内宮から1889.070942km 294°23′37.37″のポイントを探してみました。
(誤差ゼロを目指しましたが、計算で出せたのは、
距離で数十センチ、角度で0.01秒単位の誤差があるポイントでした。
地図の画像では、誤差ゼロとほぼ同じ場所に表示されるはずです。
この後の座標もわずかな差があります)
内宮青瓦台×2拡大.jpg
紫禁城から11.8km離れています。
イチオウ北京市ってレベルですが、
北京市が広大なので、俯瞰すると紫禁城のすぐ近くに見えます(笑)
内宮青瓦台×2北京拡大.JPG
しかし1900kmのラインが11.8kmのズレているのは事実です。
正確に2倍の地点を出したことで、
せっかくの魔方陣への信頼?が揺らいだら困りますが、このまま続行します。

紫禁青瓦台×2.jpg
今度は紫禁城→青瓦台がセントラル→伊勢方面のラインです。
紫禁城→青瓦台が955.045808kmで
×2が1910.091616km 方位角102°20′04.15″は、
伊勢内宮からこれくらい離れた位置にポイントされました。
周りを見渡したら、なんと“神宮”を発見
約1km向こうに「伊勢神宮 別宮 伊雑宮」がありました。
紫禁青瓦台×2伊雑宮.jpg

「別宮」と申しますのは、正宮との間柄を示すご称号でありまして、
皇大神宮、豊受大神宮を、「正宮」とするのに対し、
あたかも本家に対する分家の意味で、別宮と称するのであります。


伊勢神宮のHPにおごそかに書いてあったので、
ここも神宮と言って良いと思います。
ポツンとひとつだけ離れてますが。
でも何かの本で読みましたが、もともと伊雑宮は別系統の(氏族の)神で
アマテラスの鎮座によって押し出された、って説もあるようです。
そんな伊雑宮だったらこれは意識的配置じゃないかもしれませんが、
「日本最高位とされる神社―中央が朝鮮の都―中華の都」ってラインは、
誰かが意識して、それが成り立つように裏で動いたような妄想が浮かびます。
「誰が?」と聞かれてもわかりません
「神サマ」か「神様チックな人」としか答えられません。



「伊勢鹿島・ソウルピョンヤン・紫禁城の魔方陣」では、
鹿島神宮―ピョンヤン―紫禁城ってラインもありました。
さっきより多少は正確な一直線だと思います。
こっちは見るからに中央ではありませんが、
ラインの比率を探してみたら、

鹿島紫禁城3:5.jpg

鹿島神宮→紫禁城 
ラインを正確に「3:5」に分ける地点は
青瓦台が5.9kmだったのでさらに近くなっています。
鹿島紫禁城3:5 伊勢紫禁城セントラル.jpg
鹿島―金日成広場―紫禁城だと
比率は     「3 : 5.0172…」
主体思想塔が「3 : 5.0075…」
金日成像が 「3 : 5.0192…」
まぁまぁの比率だと思うんですが。

ほぼ一直線のうえに比率も見つかって、
青瓦台と同じく三つの強い関係が感じられます。
とは言え、
古来「神宮」と呼ばれ最高位にあった二社と
朝鮮半島と中国が結び合ってるのは、なんか不思議な感じです。

ひとつの家に例えると日本は「神棚」 
朝鮮・中国は居間 他の国は庭や屋外だ

大本教の出口王仁三郎がこんな話をしてたと、
何かで読んだ記憶があります。
(確か王仁三郎だったと思います)
日本が神国であるって例えかもしれませんが、
まるで今回の魔方陣そのままです。
魔方陣もちょっとは大本の神と関わっていた?

日中の仲介として存在するのが朝鮮半島で、
「盾」のような「千引の岩」のような立ち位置に思えます。
韓流ドラマブームも小泉訪朝も、
その向こうにいる巨大国家とのコンタクトのためだった?
とても失礼なんでしょうが、そんな事を考えてます。
ただし全く逆の考えも出来ます。
ソウル青瓦台はラインの中央にあります。
二等辺魔方陣では頂角を円の中心 その他の角を円周と考えて、
個人的に勝手に主従関係と見ていました。
ラインの中央も頂角と同じ位置にあたります。
古代から(ある意味現代でも?)
神の言葉を伝達する宗教者が、
国を傾ける事は珍しくなかったようです。
神官出身である藤原氏の古事記改ざんなど、
神殺しも不可能ではありません。
「神と人」の仲介者は良くも悪くも
大きな権限を持っていますが、
伊勢「神」宮と「人」民共和国のまさにセントラルにある
ソウル青瓦台がそれに相当するって想像もできます



日中でなく南北朝鮮の「盾」というか「千引の岩」にあたるのは、
朝鮮半島の軍事境界線にある「板門店」だと思います。
青瓦台とピョンヤン中心部を結ぶと、
ピョンヤン板門店ソウル.jpg
板門店を意識してるような軌跡を通ります。
拡大すると意外と離れてるんですが、
板門店拡大.jpg
ちなみに板門店から
→青瓦台     48.653014km
→金日成広場 143.014025km
→主体思想塔 142.284999km
→金日成像   144.122200km
比率は「1 : 2.9395… : 2.9245… : 2.9623…」
ほぼ「1:3」だと思います。
ピョンヤン板門店ソウル3:1.jpg
比率はプラスワンの場合が多いんですが、
今回はそうじゃないようです。
(さっきが「3:5」だったので北朝鮮はプラスツー?)
最も「1:3」に近い金日成像は、
鹿島・紫禁城ラインでも一番接近した位置にありました。

さっきの妄想で「ラインが永遠に切れない」と書きましたが、
2003~04年には危機の時期がありました。
意外にも北朝鮮じゃなくて韓国ラインが。
僕は知りませんでしたが、
韓国の首都移転問題ってニュースがあったみたいです。
(ただし中止になったようです。人騒がせですね、笑)
だったら調べても無駄ですがイチオウやってみました。
世宗特別自治市.jpg
「世宗特別自治市」が予定地だったそうです。
「大韓民国行政中心複合都市建設庁」で、
移転先の地理はだいたい分かりましたが、
どこにポイントすべきかわからなかったので、
(他の地図とか見比べて)ほぼ中央にポイントしました。
世宗市中央から
→伊勢内宮 885.544659km
→紫禁城  1026.205425km
比率は「 6 : 6.9531…」
伊勢紫禁世宗市6:7.jpg
また世宗市・ピョンヤンラインは
板門店からかなりズレていますが、
板門店から
→世宗市中央 170.555220km
→金日成広場 143.014025km
→主体思想塔 142.284999km
→金日成像   144.122200km
「 6 : 5.0311… : 5.0055… : 5.0701…」 
ピョンヤン板門店世宗市5:6.jpg
「6:7」「6:5」の比率を持っているようですが、
世宗市のポイントがあやふやなのに、
こんな比率が出てくると困ってしまいます。
もしもこの比率が意図的だとしても、現在のソウルに比べれば、
魔方陣としては格段に弱い結びつきになったのは予想出来ます。
やはり三つが等間隔で一直線にあるのはインパクトありますから。



こりずに(笑)また妄想
今の時代、神社の移動はさすがに無理そうですが、
遷都は色々言い訳考えれば100%不可能でもありません。
(事実、韓国は実行寸前まで行き、日本でも時々論議されてます)
魔方陣は「繋がり」だと考えていますが、
繋がりは同時に「縛り付け」も生み出すと思います。
(若い世代のケータイと どこか似てると思ってます)
中国の繁栄は数え切れないほどの人民を抑圧する事によって成り立ってますが、
北京と繋がる(縛り付けてる?)今回の魔方陣も、
中国のギリギリの安定にちょっとは役立ってるのかもしれません。
(って事はどこかが遷都すれば多少は安定も揺らぐ?)

繁栄が止まらない中国と反比例して
どんどん悲惨になってるのが北朝鮮です。
さっさと南北統一すれば良いのに、とか思いますが、
そんな簡単には行かないんでしょうね。
個人的にはラインは何らかの効果を持ってると思ってますが、
その一本は北朝鮮の絶望によって成り立ってるとすれば、
かなり非人間的な話だと思います。
しかし日本も全くの無関係どころか、
知らないうちに当事者のひとりになっていたみたいです。
(あくまで魔方陣が存在すればの話ですが)

GoogleEarthがどれくらい正確かわかりませんが、
ラストにこんな5本のラインを引いてみました。
金日成5カ国俯瞰.jpg
6カ国協議の5カ国の首都へ向けてのラインです。
拡大するとまるで日本に向かって手を振ってるようです
金日成5カ国俯拡大.jpg
実際は大同江の対岸にある
「党創建記念塔」を意図しての配置だと思います。
金日成像→党創建記念塔.jpg

もしも銅像→記念塔の延長ラインを引いてみると、
党創建記念塔拡大→東京.jpg
品川区から東京湾へ抜けていきます。
イチオウ23区?って感じの軌跡です。
党創建記念塔→東京.jpg
方位角は計算して全く同じですが、
現実の軌跡との違いはEarthの精度次第です。
ラインの軌跡は東京の西端で神奈川県に引っかかりそうですが、
銅像が日本の首都である東京を向いている可能性は
(それが全くの偶然だとしても)ある程度はあると思います。
手を振ってるもともとの意図は違うでしょうが、
現在の北朝鮮があんな状態になってると、
金日成像も誰かに助けを求めたいんじゃないでしょうか


金日成日本方向.jpg


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 EQUAL「ツイストイコール君の J M C T 歴 史 認 識 」
JMCT.jpg

二本のラインがクロスしています。
4つの角度は「90.567…度」と「89.433…度」
これくらいの角度なら、ほぼ直角に交わってると言えそうです。
でもこれは後で書くことにして、
今回の核心にあたる部分から始めます。

以前発表した「日台中の二等辺魔方陣」は、
いくら誤差が小さくても「そんなのありえね~」と笑われそうな話でしたが、
そんな珍説を補強するようなのが今回の魔方陣です。
(歴史にうといのでトンチンカンな事を書くと思います)

JMCT三ライン.jpg

満州国国務院-台湾総督府 2117.589327km
以前発表した日台中の二等辺魔方陣
明治宮殿-台湾総督府    2107.701571km
明治宮殿-中国紫禁城    2103.960219km
三ラインの最大誤差は0.648…% 最小は0.178…%
四つを結んだ三ラインは、ほぼ同距離って事になります。
そして日本の首都が頂角である「日台中の二等辺三角形」だけでなく、
台湾総督府が頂角の「台日満の二等辺三角形」も存在する

J(日本) M(満州) C(中国) T(台湾)は魔方陣で成り立っていた


不思議ですが、なぜだかそうなっています。
「日台中」は誤差0.178…% 「台日満」は0.469…%の二等辺です。
日満中台二等辺.jpg
頂角(てっぺん)とその他は「主従関係」と勝手に推察しています。
今回の頂角は日本と、当時は日本領だった台湾です。
五族協和の満州や中国ではないので、
この二つは日本が有利な(イニシアチブが取れる)魔方陣かもしれません。



四ポイントができた順番は
紫禁城(1406年改築)
明治宮殿(1888年)
台湾総督府(1919年)
満州国国務院(1936年)です。

最後に完成した満州国国務院によって魔方陣も完成しました。
「満州国」
日本の関東軍が中国東北部の満州と呼ばれたあたりを占領して、
清朝最後の皇帝「愛新覚羅溥儀」をトップに据えて建国した
とWikiにはありました。
「日本の生命線」とか言われた、大事な場所だったようです。
習ったはずですが、ほとんど覚えていませんでした。
満州国.jpg



重要だと思うのは、4つの建物そのものより、
4つの「首都・中心」と言える場所が、
魔方陣を作ってるって事だと思います。
ちなみに、
それぞれのエリアから建物を選んだ理由が茶色の部分です。
でも長ったらしいので読み飛ばしても大丈夫だと思います。
●日台中魔方陣では現在進行形として、
「現・御所」を選択しましたが、
今回は満州国のあった時期の御所
「明治宮殿」(現・新宮殿)にしました。
二つは480mぐらい離れています。

●満州国でポイントしたのは
満州国の首都「新京」にあった「満州国国務院」です。
本来は溥儀の住居をポイントすべきですが、
皇宮として建てられた「同徳殿」には一度も住んでいません。
それでは満州国の象徴とは言えないので、
溥儀でも自由にできなかった国政の最高機関
満州国国務院にしました。 

●中国は「紫禁城」をポイントしました。
満州のあった時代、紫禁城は宮殿ではなく、
博物館になっていました。
しかし中国共産党のシンボル・毛沢東が、
中華人民共和国の建国を宣言した天安門は、
もともと紫禁城の正門でした。
共産党が中国の権力を握った後でも、
結局この建造物を無視できなかった
(新しい中心が作られなかった)ようなので、
満州時代にどんな扱いだったかわかりませんが、
清朝が滅んでからもずっと中心だったと見なし、
ここにしました。

●台湾のポイントは日本が統治のために
台北市に設置した「台湾総督府」で問題ないと思います。


日満・中台拡大.jpg

満州の首都のあった長春(新京)の歴史について
ネットで見つけた文章をこっそりコピペします。
(勝手に引用して申し訳ない)
満州の首都があった新京は現在、吉林省「長春市」になっている。
歴史的に吉林省の中心は吉林で、長春の歴史は浅い。
清代に小さな長春城が設けられたのが始まりで、鉄道建設に因って発展
日本が1905年のポーツマス条約によって、
ロシアから東清鉄道の長春~旅循間の権利を引き継ぎ、
続く北京条約で清の承認を得た(無理矢理)
長春が最終駅になったために、
ロシアが建設していた寛城子駅(長春駅より北西へ5km)とは別に長春駅を建設。
1907年から満鉄は鉄道付属地の買収、翌年から市街地の造成を始めた。
1910年頃までには学校・病院・事務所・社宅・郵便局が竣工、
1914年には長春駅の新駅舎が完成した。
だが1932年までは鉄道関連の建物だけで、
人口も10万人程度の街に過ぎなかったが、
1932年旧満州国が建国され長春が首都となり、
新京となってから急激に発展する。


なんだか複雑ですが、それほど大都市でなかった長春という街を、
日本が発展させて、満州の首都へと導いたのは間違いないようです。



誤差は小数点以下で小さいと思いますが、
もし誤差ゼロの二等辺三角形にしようとすれば、
東京ではこんな感じで誤差ゼロの頂角ラインが通ります。
明治宮殿頂角東京俯瞰.jpg

台湾では台北市をかする事もなく、総督府から14.3kmも離れた軌跡です
台湾総督府頂角俯瞰.jpg
二つは同じ高さからの画像ですが、
東京はともかく、台湾の方はかなりズレています。
誤差的には0.47%なのに、実際の地図では
こんな距離があるのは自分でも驚きました。
ただしラインは2000km以上もあるので、
これも許容範囲と思いたいです。

こんな変化球な魔方陣もありました。
紫禁城から
→中国・台湾セントラル 858.824063km
→満州国国務院      859.725016km  
誤差0.105…%です。
紫禁城満州中台セントラル.jpg
加門さんの「黄金結界」にちょこっと出てきたんですが、
ある土地を押さえるために、三角形にポイントを作って
ラインの中点にラインを下ろすってワザがあるそうです。
※はっきり書いてませんでしたが、それを教えたのは
ここで何度か紹介した「アーリオーン」だと思います。
アーリオーンの本では、
カミのチカラを表す三角形を作り、底辺ラインの中点に
てっぺんの角からラインを下ろすことによって、
神のチカラをヒトの世界に下ろす、とありました。
今回のラインもほぼ中点を目指して下りてます※

そんなマジカルが存在するなら、
台湾・中国セントラルってポイントも重要なのかもしれません。
中国が頂角なので中国が有利かもしれない魔方陣ですね。

日本からのラインをもっと伸ばせば「南京市」です。
台湾・中華民国の“正式な”首都です。
(現在の台北市は臨時の首都らしいです)
南京明治垂線.jpg
現在、南京といえば「南京大虐殺」くらいしかイメージが湧きません。
さっきのアーリオーンの話に基づけば、
日・中・台の三つのチカラが下りてきた(≒集中する?)場所が
日本の汚点、というか弱点に当たるのは、
魔方陣から見ても日本にとってかなりマイナスに思えます。
でもそんな重要なポイントで
「我が国は100%日本に敗北しました」と
世界中に宣伝してる中国の方も大丈夫なんでしょうか



JMCT.jpg
 
ここで最初の「直交ポイント」に戻って、
直交する二本は「明治宮殿-紫禁城ライン」と
「満州国国務院-台湾総督府ライン」でした。
日満中台直交ポイント俯瞰.jpg

4つが直交してたなんて、
ぼくは単純にビックリしましたが、
別に驚かない方が大多数なのは知ってます(笑)
ちょっと興味深いのが満州・台湾ラインは海岸線に来ると、
満州・朝鮮国境とほぼ重なっています。
日満中台直交ポイント中朝国境.jpg
満州時代は朝鮮半島も日本に統治されていました。
ソウルにあった朝鮮総督府もポイントしましたが、
ハッキリ魔方陣と言えるものは現時点では見つけていません。
もしも朝鮮のラインがもともと存在しないなら、
まるで国境を意識するように走るラインが満州・朝鮮を切り分けて、
さらにJMCT魔方陣にも朝鮮は参加させない。
それは日本が戦略的(意識的)に、
半島と中華勢力を分離しようとしていた証拠?
こんな仮説も浮かんだりします。



ラストにちょっとした妄想
今回の四ポイントは大まかに見れば東西南北にあります。
JMCT東西南北.jpg

にあるのは「東京」です。

にあるのは台湾ですが、
さっき書いたように正式な首都は「南京」です。
台湾にいながら南京に対して、一種のマーキング?をしてるみたいです。
現在の台北市をニューヨークならぬ「ニュー南京」と考えれば
ここも南が成り立っています(ってかなり強引ですが、笑)

にあったのは満州国ですが、
Wikiの「満洲の呼称」を読んだら、
五行説の「水」徳を意識して、
民族名および王朝名である「満」「洲」「清」いずれもさんずいの字が選ばれた。
と書いてありました。五行で「水」を表すのは「北」なので、
これもかなり無理ありますが、成り立ってるような、いないような。

・東西ラインと南北ラインが、かなり正確に直交してる
・他の三方位がイチオウ成り立っている
って事になると中国の首都の名前は北京じゃなくて
「東京」の西にある「西京」?
首都の方位が変換・無効化されているのなら、
現在の中国にもそれなりの影響(ダメージ?)をあたえてるのかな?
なんてキツイ妄想をしています。その地図の中央で咲く花は、
北朝鮮・中国の国境の海にあって陸地ではありません。
(皇祖神アマテラスが「海照らす」の意味もある事を考えると意外と面白いかも…)



今回の魔方陣が存在するなら、
さりげなく作られたんじゃなくて、
多くの血が流れた結果、完成したはずですが、
永続する可能性がもともとあったのか、僕の知識ではわかりません
たとえ過去の遺物になっても、人々の記憶にずっと残ってたら、
マジカル的な影響も継続するなんて事はあるんでしょうか。

暗記だらけの歴史の時間は好きじゃなかったし、
この時代にもそれほど興味はありません。
なのにこんな事を発表するのはこっぱずかしいですが、
誤差も小さいし、直交ラインも面白いと思ったんで書きました。
もしも授業でこんな裏話を教えてもらえたら、
歴史にも興味わいただろうな…とか思いますが、
公表される資料に残っていない(残すはずの無い)
魔方陣のような事例が、教科書に載るなんて
未来永劫ありえないのはもちろん承知しております。

「先生! 日満中台は魔方陣で成り立ってます!!」
「ツイストイコール君、そんなの覚えてもテストには出ないのよ」
「・・・」
JMCT2.jpg


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 EQUAL「くにたまほんがんじランド」
最初、第3ブログに載せましたが、
評判が良いようなのでこっちにも同じ記事を載せます。

築地本願寺の真西にある神社がありました。
「大國魂神社」です。

築地大國魂東西ライン.jpg
Wikiによれば武蔵国の「総社」で六社を合祀しており
特に格式の高い「東京五社」の一つだそうです。
寺社はあちこちにあるので単なる偶然かもしれませんが、
ちょっくら調べてみました。
二つを拡大
同緯度アイコン東西ライン築地大國魂.jpg
2つの緯度は「35°39'59.36"」「35°40'2.50"」
差は「00°00'03.14"」距離的には約100mズレです。
(2つは26.6km離れている)
オレンジラインは大國魂神社から90度になるライン
大國魂神社の正確な「真東ライン」になります。
青いラインは築地本願寺から270度になる「真西ライン」です。
黄色い同緯度アイコンよりオレンジラインの方が内側に走っています。
浅草近くから引越してきた本願寺ですが、
この位置に決めた(幕府に決められた)のは同緯度よりも、
「大國魂神社の真東」を意図しての事だったしれません。
江戸時代には本堂がもっと巨大だったそうなので、
真東ラインに本願寺が引っかかってたかもしれません。

次に誤差0.74%の二等辺魔方陣です。
氷川築地大國魂776.jpg
氷川大社から
→大國魂神社 30.858617km
→築地本願寺 30.631539km
これに大國魂神社-築地本願寺 26.554421kmを加えると
三つの比率は「 6.9725… : 6.9212… : 6 」
ほぼ「7:7:6」になっています。

氷川大社は頂角(てっぺん)に位置することになります。
さらに底辺の2つがほぼ同緯度なので、
頂角はかなり正確に真北を向くことになります。
勝手な持論で
「頂角とその他の角は上下関係がある」
と思っているんですが、今回はさらに、
「真北を向いている」「7:7:6」と
かなり計算された配置になっています。
「氷川大社>今回の2寺院を完全に成り立たせたい」
そんな意志を感じるような。

こんな想像(妄想)が浮かんだのは二つの神社の“履歴”のためです。
現在は武蔵一宮を名乗っている氷川大社ですが、
武蔵国の総社である“大國魂神社”では三之宮に祭られています。
この事から氷川大社は武蔵三宮から一宮へ
ランクアップしたんじゃないか?って説もあるそうです。
その氷川大社も本願寺があそこに出来たおかげで、
武蔵の総社である大國魂神社を従えてるような関係です。
「これで名実ともに武蔵一宮になれた」?

さらに大國魂神社の境内地はもともと武蔵国の国府だったそうです。
すでに国府は無くなったとしても、この神社が
「西の朝廷の権威を象徴してるポイント」と、
もしも見なされれば、
東の武家政権である徳川が
魔方陣的に氷川を持ち上げる事で、
自動的に大國魂神社の格下げを目論む事は、
ありえるんじゃないかと

本願寺と大國魂神社の関係はよくわかりませんが、
本願寺と「國魂」は関係あるような無いような…
「石山本願寺」は現在の大阪城の位置にありましたが、
もともとそこにあったのは「生國魂神社」という神社でした。
その神社をわざわざ隣にどかして、
そこに本願寺の本堂を建立したと言われています。
とてもアヤシゲな行為をしてますよね。
名前は似てますが「生國魂神社」と「大國魂神社」は、
祭神も違うので全くの同系列とは言えません。
神社の移設もそのポイントが色んな意味で
良さそうな位置だったから、それだけかもしれません。
しかし「国魂信仰」というものがあるのを知りました。
「土地」ってモノに強く関係ある信仰のようです。
神社名の「國魂」が「国魂信仰」に繋がる可能性が全く無いとは言えません。
もしかしたら本願寺は“国魂”に強い興味を持ってるのかもしれません。
それを直接的な行動で表わしたのが、土地を乗っとった「石山本願寺」?
魔方陣的に表わしたのが、真東に建てた「築地本願寺」??



先に石山本願寺の件を知っていたので、
築地・大国魂神社のラインも
なんかあるのかな?と調べ始めたんですが、
なんかあるんでしょうか。

次に氷川大社の真南ラインです。
出てきたのは全然関係なさそうな超高層ポイントですが。

氷川真南ラインランドマーク拡大.jpg
ラインは隣にある横浜銀行ビルのスレスレを走ってます。
でもホントはランドマークタワーを真南に建てたかった?
とか思ったりしましたが、
他の2つを絡めてみたら面白げな数字が。
ランドマークタワーから
→大國魂神社 27.347447km
→築地本願寺 26.743784km
これに大國魂神社-築地本願寺ラインの
26.554421kmを加えると、
「ランドマーク・築地・大國魂」は、
最大誤差2.986…%の正三角形を描くようです。
(約3%も誤差があるのに「正三角形!」というのも図々しいですが)
正確な正三角形になるポイントはタワーから830mも離れています。
地図で見るとかなり向こうにあるように見えますね…
築地大國魂正三角形.jpg

大國魂神社-築地本願寺ラインは比率を持ってました。
「7:7:6」の「6」です。
さっきの二辺を加えてみると、
「 6 : 6.179… : 6.043… 」

「6.179…」と「6」はさっきの2.986…%の誤差
「6.043…」と「6」の方は0.713…%の小さめの誤差です。
築地・大國魂に氷川大社も加えた
「 7 : 7 : 6 : 6?: 6」
なんて比率は存在するのか!?

氷川大國魂築地ランドマーク7766?6.jpg



ラストは偶然っぽいヤツ

「築地本願寺・氷川大社・大國魂神社」の角度は
「51°10′06.14″」あります。
氷川-築地ラインを軸にして東側に同じ角度になるように
ラインを引いてみたら、
成田山新勝寺がこんな位置に

氷川新勝寺拡大大國魂テンビン.jpg
と言ってもラインから1.07kmも離れていますが。
「築地・氷川・新勝寺」の角度は「52°07′58.59″」で
誤差は1.885…% 思ったより小さいですが、
だからと言って新勝寺が関係あるのか確定は出来ません。
それぞれの履歴を考えれば、
「東国」の武将 平将門を調伏するために
「西」が建てたのが新勝寺ですから、
国府跡にある大國魂神社と釣り合ってるような、無いような…
ちょっと無理めな説ですね。

ここで新勝寺と大國魂神社を結んでみたら
本願寺の一部がラインに引っかかるようにありました。
築地じゃなく「東京本願寺」ですが

大國魂東京本願寺新勝寺.jpg
「大國魂神社-東京本願寺-新勝寺」は一直線みたいです。
拡大すると、
大國魂東京本願寺新勝寺拡大.jpg
緑のラインが新勝寺→大國魂神社の方位角と同じ
「260°24′18.86″ライン」です。
築地と東京本願寺は宗派争いで分かれていますが、
もちろんどちらも本願寺です。
さっきのテンビンはビミョウでしたが、こっちの直線はかなり正確です。
強引な合わせ技で「新勝寺・本願寺・大國魂神社」は、
何らかのつながりとかあるんでしょうか。



最後ついでにランドマークタワーと新勝寺を繋いだんですが、
芋づる式、というより話が別の方向に行っちゃったような。

ラインの延長線にこんなポイントがありました。
ランド新勝寺香取.jpg

拡大してみても、
94kmも離れた香取神宮の本殿そのものを目指してるみたいです。
ランド新勝寺香取拡大.jpg

これに「ランドマークタワー中央あたり→香取神宮本殿」を結んだエメラルドライン
「香取本殿→新勝寺中央あたり→」のピンクラインを加えると、

エメラルドは新勝寺の中央をかすめるように
ランド新勝寺拡大香取拡大三ライン.jpg

ピンクラインもタワーに突っ込むかたちで伸びています。
ランド拡大新勝寺香取三ライン斜め.jpg

世間の常識ではありえないでしょうが、
(このブログ内では)ランドマークタワーは、
「香取神宮→新勝寺」ラインを意識して建てられたようです。
香取神宮と新勝寺
同じ県にある・勇ましいイメージくらいで、
共通点はあまり見当たりません。
それに香取神宮は(本当は)物部系と言われています。
「東夷征伐的側面のあるお寺」
「東国に活路を見出そうとした一族系統の神社」
勝手な思い込みですがあんまり相性良くないような…
残るランドマークタワーですが“三菱”地所の所有で、
もともと三菱重工の造船所のあった土地でした。
「三菱」と「物部」
このブログ的には全く関係ない二つですね(笑)
さらにライン上を詳しく見ると
幕張新都心を横切っていました。
ランド新勝寺香取三ライン幕張メッセ拡大.jpg
この都市も、ランドマークのある「みなとみらい」も
湾岸にあってちょうど東京湾をまたぐように存在してますが…
このラインを補強するため?それともやっぱり全くの偶然?
ランド新勝寺香取三ライン幕張メッセ.jpg

今回、特に興味を引かれたのは
「本願寺」と「国魂」の関係です。
ふたつは宗教的に結びつくんでしょうか?
残念ながら宗教の教義方面は詳しくありませんので、
そっちを置いといて、
大まかにポイントの歴史を見ると、
石山本願寺の跡地は豊臣の大阪城になり、
築地本願寺は徳川幕府の命令で、
もともと海上だった場所を埋め立てて、
そこに建立したそうです。

二つの動きを見ていると、
「国魂」と「最高権力」の間に挟まってるのが
「本願寺」って存在なのかな?って考えも浮かんだりします。


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