TWIST&EQUALビフォーアフター
世の中に隠された謎を発見!できたり、寺社仏閣の探検?ができたらいいなぁ…と願いつつ
02 | 2010/03 | 04
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 EQUAL 光都東京の天下祭
「大江戸魔方陣」にも書いてありましたが、
「天下祭」というものがあるそうです。
神田明神の「神田祭」と日枝神社の「山王祭」をこう呼んで、
この二祭の山車だけは江戸城内に入ることが許されたそうです。

神田日枝築地△.jpg
神田明神から
→日枝神社   3990.678m
→築地本願寺 3971.004m 誤差0.4954…%
築地本願寺はWikiによれば江戸時代(1679年)からあそこにあったそうです。
関東大震災で消失して、1934年に建て直されたようですが、
江戸時代と現在の位置がどの程度変わったかわかりません。
関東大震災の都市計画のために境内の南半分を手放したようですが、
現在の本堂の位置に江戸時代にも、
もっと巨大だった本堂(の東側?)があったように思えます。

都内という狭い範囲なのに誤差0.5%は
かなり意図的に思えますが、
探してみるともうひとつ誤差の小さい二等辺がありました。
銅像日枝築地△.jpg
楠木正成像から
→日枝神社   1762.749m
→築地本願寺 1780.559m 誤差1.0104…%
誤差の方はちょっと大きめですが、
銅像は白いラインから10mにあり、台座はスレスレの位置です。
この白いラインは「築地本願寺・日枝神社頂角ライン」で、
ライン上にあるものは頂角になり、正確な二等辺三角形を描くことができます。
首塚銅像.jpg
大手町の「将門の首塚」も白いラインから50mにあります。
首塚から
→日枝神社   2530.827m
→築地本願寺 2462.919m 誤差2.7572…%
誤差を見ると頂角と言えるのかビミョーな感じもしますが、
おおまかに言えば「神田明神→首塚?→銅像」ってラインもあるような無いような。
第2ブログの「くるくる○○の方から来ました」では
この銅像の“向き”に注目して「この像は楠木正成じゃなくて将門…?」
という推理(妄想、笑)をしていました。
今回の魔方陣でも配置的には「神田明神=この銅像」です。
またまた「将門=この銅像」って妄想が浮かんだりしますが…



ここから下のネイビー文字の部分は妄想チックなので、
とばしてその下をお読みになった方が…

白い頂角ラインに注目するとちょっと面白げなことが。
法隆寺神田首塚銅像パナNEC.jpg
北から「法隆寺宝物館」「東京パナソニックビル1号館」「NECスーパータワー」
三つの建物はライン上にあります。
全く関係ないようなメンバーですがひとつの共通点で繋がるかもしれません。
「住友」です。
パナソニックもNECも「住友グループ」と言える企業です。
現在は汐留に移っていますが、パナソニックビルは元東京本社のようです。
NECスーパータワーは以前の魔方陣「EQUALやんごとなきCROSS」
御所の正確な真南(方位角180度)にある事がわかっています。
微妙に北北東を向いていますが、その延長線には新宮殿があります。
(ちなみにこの魔方陣には築地本願寺も登場しています)
そして今回の楠木正成像も大いに関係あります。
「くるくる○○の方から来ました」ではボヤかしていますが、
この像を寄贈したのは、ズバリ「住友財閥」です。
なので、なんとなくアヤシゲに思えてきちゃったわけです。
(「○○の方から来ました」の下の方にもリンクがありますが、
住友系は色々な頂角に位置している気配があります)

一番北にある「法隆寺宝物館」ですが、法隆寺=聖徳太子のお寺だと思います。
太子は皇族のひとりみたいですが「蘇我氏」とも近しいと言われてます。
蘇我入鹿と同一人物という説もあったりします。
「蘇我ムシ殺す」とか現在では“虫”扱いされてる蘇我氏ですが、
実際に「天皇家を凌駕しようとした身の程知らずの一族」
ってイメージは定着してると思います。
住友は「蘇我」という氏族、というか「言葉」と結びつきます。
住友の歴史をちょっと調べてみたら、
創業者のひとりが「蘇我理右衛門」って人物なのを知りました。
この人物が古代蘇我氏に連なる証拠はないようですが、
江戸時代は現在より蘇我氏のイメージは良かったかもしれないので、
一般の人が“箔付け”のために名乗ったって可能性もあります。
しかし(このブログ内だけの話ですが)
三菱の躍進の裏側にも有名な古代氏族
物部氏がいるような気配があるので、
「もしかしたら住友も…?」なんて妄想が浮かんできちゃったわけです。
(そう考えれば“スミトモ”も中央からは警戒心を持たれそうな名前ですよね。
そっちのスミトモは将門と裏で繋がっていたとか、いないとか?)
三井財閥も先祖は秦氏とか噂されているので、
江戸時代というのは日本の中心が東に移っただけでなく、
天皇家に敗れ去った、というか
天皇家以外の豪族・氏族の復活の時代だったのかな…なんて思っています。

前述の通り白い頂角ラインには神田明神(首塚も?)外苑の銅像も乗っているので、
将門や正成も蘇我氏にリンク出来るって事になります…
なんか話がグダグダになってきました(笑)
魔方陣的には日枝神社・築地本願寺の頂角に位置すれば、
とてもパワフルな存在になれると考えて、
神田明神だけが独占していた その位置に住友系が割り込んできた?
本当は「外苑の銅像=将門」とかじゃないのかもしれません。




再びまともな?魔方陣に戻って、
天下祭の「日枝神社」「神田明神」を結んだライン
神田日枝頂角ライン.jpg
そのちょうど真ん中辺りに
江戸城天守閣跡がありました。
天守閣から
→神田明神 1955.978m
→日枝神社 2036.041m 誤差4.0933…%
誤差はかなり大きいですが、
神田・日枝の頂角になるオレンジラインは、
江戸城の本丸の端から端を突っ切るような軌跡で、
本丸の中心辺りもラインが通ります。
神田日枝頂角ライン江戸城拡大.jpg
「江戸城本丸」「神田明神」「日枝神社」は二等辺三角形なので、
三つは魔方陣的な関係だと思います。

次は神田明神と築地本願寺を結んだラインです。
ちょうど真ん中はどこかのビルのようです。
築地神田頂角ラインセントラル拡大.jpg
赤ラインに直交するムラサキのラインは頂角ラインです。
このムラサキラインは新宮殿を通ります。
築地神田頂角ライン新宮殿拡大.jpg
この位置には以前「明治宮殿」がありました。明治時代の御所(+宮殿)です。
明治時代には「御所」が頂角の築地本願寺・神田明神の魔方陣が
存在したのかもしれません。
(現在は「新宮殿・神田明神・築地本願寺」が作動中?)



さっきの地図では築地・神田セントラルとほとんど重なって、
緑のラインが走ってました。あのラインは、
外苑の銅像と「国技館」を結んだラインなんですが、
この緑ラインは魔方陣を描くことができます。
富岡八幡宮との二等辺です。
銅像から
→国技館    3810.817m
→富岡八幡宮 3786.017m 
誤差0.6550…%の小さな誤差です。
これだけだと偶然かもしれませんが、
日枝神社からも、
→国技館    5484.710m
→富岡八幡宮 5464.786m  誤差0.3646…%
さっきより小誤差な二等辺です。
銅像日枝・富岡・国技館.jpg

※誤差はかなり大きくなりますが、もうひとつ?魔方陣のようなモノも…
築地本願寺から
→神田明神 3971.004m
→国技館   3887.837m 誤差2.1392…%
築地神田国技館.jpg
さっきまでの小さな誤差が台無しって感じですが、
イチオウ今回のメンバーによる二等辺風の配置です※


富岡八幡宮と国技館は今回の「天下祭&銅像」の魔方陣と
ダブル(トリプル?)で結び合っています。
かなり緊密な関係だと思います。



続いてはラインの延長線
築地本願寺から日枝神社へ向けてラインを引いてみると、
延長線には「東宮御所」がありました。
また築地本願寺から銅像へのラインは「新宮殿」「吹上御所」へと伸びています。
築地銅像日枝延長線.jpg

拡大画像
東宮吹上新宮殿.jpg
「東宮―日枝―築地」「吹上―宮殿―銅像―築地本願寺」は、
一直線上に並んで魔方陣的関係を作ってるようです。
加えて誤差大きめですが、
以前の御所「吹上御所」の魔方陣のようなモノも
築地日枝吹上.jpg
築地本願寺から
→日枝神社 3113.891m
→吹上御所 3064.682m 1.6057…%の誤差です。

銅像と東宮はこんな位置関係でもありました。
銅像東宮90・270度ライン.jpg
青いラインは東宮御所から正確な90度ラインで、
ライン上のものは東宮から「真東」になります。
黄色ラインは銅像から270度の真西ライン
アイコンはそれぞれの同緯度になるポイントです。
下の地図でもわかるように、
二つはほぼ同緯度に並んだ「東西関係」のようです。
銅像東宮90・270度ライン俯瞰.jpg

何重にも魔方陣を作ってるようなので、
「天下祭&銅像」と「皇族」も結び合ってると言えそうです。



お疲れ様でした(笑)これでラストです。
話が前後しますが、
さっきのオレンジラインとムラサキラインが交差する場所は、
数学的には「神田・築地・日枝」 赤い三角形の「外心」になるはずです。
(おそらく…確か、そうなるはずです)
神田日枝築地△外心.jpg
そして三本のエメラルドのラインは等距離になり、
↓下の画像のように神田明神・日枝神社・築地本願寺が
ひとつの円周の上に乗っかることになります。
三角形の外心.png 
三寺社の中心と言えるポイント「外心」はどこかと思ったら、
そこは「和田倉噴水公園」でした。
神田日枝築地△外心拡大.jpg
以前一回だけ出てきた公園です。
「EQUAL 光 都 東 京 2008」の下のほうに出てきます。
この外心をかすめるように(約5mのズレ)走っているのが、
さっきの黄色い魔方陣の「日枝神社―国技館ライン」です。
神田日枝築地△外心+日枝富岡国技館.jpg
またまた国技館ですね。
光都東京とは「光都東京・LIGHTPIA ライトピア」の事で、
数年前から東京駅周辺で開かれている年末のイベントです。
そのなかでこんな事が行われているようです。

「アンビエント・キャンドルパーク」
様々な著名人(政治家 スポーツ関係 芸能界 学者)や地元小学生などが書いた
約700個の明り絵(キャンドル)を和田倉噴水公園に並べたイベント

騒がしい時間帯に見たら、キレイで楽しそうですけど、
真夜中にひとりで見たらどんな感じなんでしょうね
ゆらゆら揺れてる炎を
 

前回記事をそのままコピペ
このキャンドルパークは去年(2009年12月)も行われたようです。
外心ポイントはまだまだ何か出てきそうなんで、
後で魔方陣追加とかありそうです。



「あの銅像は将門じゃないか?」って推理は
正解なのか間違ってたのかよくわかりません。
ネイビー文字の部分にも書きましたが、
今回の魔方陣を振り返ると、将門が担当していた役割を、
明治になって正成へスライドさせた?って事があったのかもしれません。
あの銅像がとても重要な存在だと、今更ですが確信できました。

天守閣ではありませんが、
江戸城の本丸と天下祭も魔方陣的関係を持ってるようです。
そんな江戸時代の産物である天下祭も、
“明治”へとスムーズに受け渡されて、
現在のお祭りにまで繋がっているのかもしれません。

         祭の中心でいのちのキャンドルを灯す
081224wadakura.jpg


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