TWIST&EQUALビフォーアフター
世の中に隠された謎を発見!できたり、寺社仏閣の探検?ができたらいいなぁ…と願いつつ
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 EQUAL国津神ブラザーズ! (あるいは「神々の流竄」魔方陣)
(情念のこもった魔方陣かもしれませんが、いつものようにフザけたタイトルです)
「神々の流竄(ルザン)」という本があります。
哲学者の梅原猛氏が古代日本史についてある説を立てました。

古事記や日本書紀は一部の権力者(藤原ナンとか)の都合で編纂(改ざん?)された
国譲りがあったのは「出雲」では無く「ヤマト」だった

うっすら内容は知ってましたが、この魔方陣を見つけて
ちょうど良い機会なんで読んでみました。そしてなんとか(笑)読み終わりました。
三輪美保諏訪拡大.jpg
三輪山と2つの神社を赤いラインで結んでみました。
小さな誤差(0.584…%)がありました。
誤差がゼロになると思われるラインがムラサキのラインです。
三輪山のふもと?と言うか、すぐ隣りにラインが走ってます。
そして「国津神ブラザーズ」魔方陣です。
三輪美保諏訪.jpg
三輪山→美保神社       259.929174km
三輪山→諏訪大社上社本宮 261.448299km 誤差0.584…%の二等辺三角形です。
古事記の出雲神話の中に唐突に「三輪山」が出てきます。
素人が読んでも「何で突然、三輪山?」と思います。色々な資料から梅原氏は、
三輪山の「オオモノヌシ」は出雲の「オオクニヌシ」ではないか?と推理なさいました。
つまり三輪山の神=オオクニヌシ? そんな聖なる山と魔方陣を作るのが、
オオクニヌシの長男「コトシロヌシ」が祭られる「美保神社」
次男の「タケミナカタ」が祭られる「諏訪大社 上社本宮」です。
梅原説も最近では一定の評価を受けているようですが、
「ホントに事実なのかも?」と思わせます。
(諏訪大社は四社あり、位置も意外と離れてます。
そこから部外者がポイントを選ぶのは躊躇しましたが、
一番誤差が少なかったのが諏訪大社 上社本宮でした)
勝手に個人的な妄想すれば、
ヤマトの三輪山をシンボルとするオオクニヌシ一族が出雲に流されました。
そこから脱出した人々がいました。追いかけられて諏訪に封じられましたが、
ここに来たのは偶然ではありませんでした。
タケミナカタが来る前から、諏訪は宗教的なスポットだったみたいです。
実はそんなポイントを探しながらの逃走でした。そんな事をしていた理由は、
「三輪山はオオクニヌシ一族の聖地」という歴史は、たぶん消されてしまうだろう。
それでも長男次男の神社を使って “魔方陣という形で” 三輪山と繋がろうとした…
国津神の立場に立った「いかにも物語チックな」想像です。
それに天津神の立場から見る事も出来ると思います。例えば封印とか。
(でも僕は「魔方陣」を「封印」より、ネットワークのような「繋がり」と思いたいです)
ムラサキラインのすぐ近くに熊野速玉大社がもともとあった「神倉神社」
そして京都の大文字山はライン上にあります。この2つのポイントは三輪山から
「3 : 5.05」の比率で存在しています。ふたつとも「火」に関係している祭りで有名です。
なにかあるのか偶然なのかよくわかりません。

今回はまず 「三輪山→出雲大社」ラインを探るべきですが、
そのラインはイマイチわかりませんでした。ちょっと保留中ですが、
何か出てきそうな気配があるので探ってみたいと思います。

三輪山を見つめる国津神魔方陣
三輪美保諏訪俯瞰図.jpg



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 EQUAL(宇佐神宮+江戸城)÷2=ナニワのシンボル &妄想USAちゃん
前回は「宇佐神宮」だったので八幡宮の魔方陣と思いきや
もうひとつのナゾの神「熊野」と「綾部大本」のヒミツの関係で終わってしまいました。
一応「宇佐神宮」も重要なポイントでしたけど…
今回は「宇佐神宮と江戸城についてpart2」です。
そこで終わりゃいいのに、そこから「宇佐」は文字通り「USA」神宮じゃないか?と、
ぶっ飛んだ妄想を膨らませてみました。
まず「宇佐神宮」と「江戸城天守閣跡」を結んでみました。そして拡大。
宇佐江戸城セントラル.jpg

宇佐江戸城セントラル真上拡大.jpg
ラインは804.734071kmあり「宇佐神宮」と江戸城の真ん中「宇佐江戸城セントラル」は
大阪市中央区松屋町住吉あたりです。大阪の地理が全くわからないので、
どんな場所か見当もつきません。でもこの地図をちょっと俯瞰してみると面白い結果が。
それに地図上にラインが2本引いてあるのもわかるはずです。
宇佐江戸城セントラル拡大.jpg
約1.7kmが近いか遠いか微妙ですが「大阪城がこんな位置にありまんねん!」
「宇佐→大阪城→江戸城」の青いラインの長さは、
宇佐神宮→大阪城 403.945331km
大阪城→江戸城   400.789637km
青いラインの誤差はたったの0.787…%!
現在のお堀でも「宇佐→江戸城」の赤いラインに引っかかってるような状態です。
以前の大阪城はもっと大規模だったそうですから、赤いラインは城の内部を突っ切ったはずです。
それに加えて中点がこんな近くにあるなんて。
これを見て、僕は単純にビックリ!しました。
大阪城が建つ前、ここには「石山本願寺」があったそうです。
「浄土真宗≒阿弥陀信仰」「阿弥陀如来は八幡神の本地仏」 (全部 wiki調べ、爆) 
大阪城の土地にもともと八幡(=阿弥陀)のニオイがついてたなら、
「宇佐神宮」とつながってもおかしくない事になります。
(秀吉も阿弥陀ヶ峰山頂に埋葬された。八幡つながりを意識したと言う説もあり)
嫌がらせで秀吉は家康を江戸に飛ばしたそうですが、結局江戸は勝者になりました。
もちろん徳川の努力の結果ですが、魔方陣的には大阪を中継して、
江戸まで「宇佐神宮パワー」を運んでるみたいです。
(前回は「玉置神社×熊野本宮」と「九鬼綾部」を中継してましたね)
加門さんの大江戸魔方陣でも八幡宮は江戸の重要なアイテムと書かれています。
「宇佐神宮」の八幡パワーが江戸まで届いているのも発展に貢献してたはずです。
でも大江戸魔方陣を見ていると、
「京都の次を作るために裏で動いたグループがいたのかしらん?」
なんて思ってしまいます。もっと妄想を膨らませれば、
色々なモノが積もり積もった「京のミヤコ」から、やんごと系を脱出させるために、
有能な徳川を使って江戸を作らせた後に 『2度目の国譲りを実行なさいました』
なんて気がしてきます。やんごとなき一族は京都から出たくなかったけど、
維新勢力と一緒に、裏の呪術系が無理やり引っ張ってきたのかもしれません。
最初の妄想終わります。
ここからもっとヒドイ妄想をはじめます(笑)
耐性のある方だけ(笑)読んでください。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
信長、秀吉、家康、三つの御魂の活動をしていた、と神様から聞いている」と
王仁三郎は言ってたそうです。
三者はひとククリにされて優劣も無く、働きも1/3づつだと言えます。
今回に当てはめれば「宇佐神宮=信長」になりますよね (まさかの展開!笑)
そう仮定すると信長は「大自在天」の化身と言われていますから、
「八幡=大自在天」になります。
こんな説聞いた事ありませんが、どっちも好戦的なイメージです。
霊界物語で「大自在天は北米を支配する神」です。
なんとなく「USA」でつながるなぁと思っちゃいました(なんというコジツケ)
もうひとつ、突然ですがヒナガタ理論って正しいんでしょうか?
大分県宇佐発の「八幡」は日本中に広まったメジャーな信仰ですが、
ヒナガタ的に北アフリカから世界に広まった信仰なんてありますか?
思い浮かびませんよね。
でも、よ~く考えるとひとつあります。
「エジプト」です。その神々の信仰です。
どう考えてもエジプトの方が古いですから、ヒナガタの「日本から世界」が、
逆さまになっちゃいます。でも王仁三郎の話を聞いてると、
ヒナガタを逆方向に作用させる事が可能らしいですよね。
「現界で仕組みして霊界を変える」って言ってた記憶があります。
(知ったふうな事を書いてますが、自分の目で見て体験したわけではありません)
少なくとも地図の位置はヒナガタ的に対応してるので話を進めます。
有名なエジプトの神「イシス」は幼児「ホルス」を膝に抱く姿で表現されることも多く、
これが「マリア・キリスト像」にスライドして行ったらしいです。
宇佐神宮に当てはめれば「神功皇后&応神天皇」にピッタリ釣り合います。
(これはヒナガタ理論に当てはめた話なので「エジプト信仰が日本に伝わった」と
言ってるわけではありません)
「それじゃここから強引にUSAに結び付けちゃうよ~~!」
エジプトの信仰はかなり秘教的で、メーソンなど秘密結社の源泉の一部らしいです。
陰謀論に関係なく史実として「USA建国」にメーソンが関わっていたのは、
ほぼ確実だと思います。その証拠というか、現在も1ドル紙幣や、
アメリカ合衆国国璽の裏面には目のあるピラミッドが描かれています。
ピラミッドといえば一番に思い出す国はもちろん。
大分県宇佐には黒又山や葦嶽山のようなピラミッドらしい山は無いようですが、
巨石遺跡が異様に多い地域です。ピラミッドと巨石遺跡は切り離せない関係です。
2つとも「何か」を期待して「石」を移動、配置していたのは間違いありません。
アメリカの主教はキリスト教ですが、裏ではエジプト秘教が加わってる可能性もあると考え、
(自由の女神の正体はイシスという説もあるらしい)
推理の結果、立てた説がこれです。
ヒナガタ的に「エジプト秘教=八幡信仰?」
アメリカの中核にキリスト・ユダヤの他に、エジプトの神がいたとしたら、
もしかしたら「USA=宇佐」?????


思いっきり「妄想」を書けてサッパリしました(笑)
でも「エジプト秘教=八幡信仰」はありえるかもって思いませんか?
思えませんか…やっぱり(笑)
だったら「USA=宇佐」はもっと「ありえねぇ~」ですよね。
偶然だとしても面白い偶然だな…と思ってたんですが。
でも最初に書いた魔方陣ラインは存在したと思っています。
「USA神宮」のパワーが
「九鬼綾部×大阪城(本願寺)×熊野」を通じて
「江戸」まで届いていた、と。

PS 
大阪府中央区松屋町の「宇佐江戸城セントラル」の目と鼻の先に、
ある会社の本社がありました。
大阪のおばちゃんの大好物 「アメちゃん」を売ってる会社 「UHA味覚糖」です。
「アメちゃん=USA」
もう失笑も起きません(笑)
宇佐江戸城セントラルUHA.jpg


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 EQUAL(宇佐神宮+やんごとなき)÷2=玉置神社×熊野本宮=綾部大本
「宇佐神宮」は九州大分にある八幡宮・八幡社の総本社です。
北は北海道、南は沖縄県と日本中に広がり続け、
系列の神社「八幡宮・八幡社」は1万~2万で第二位。
祭神で分類すれば日本で一番、数が多い
大分県「宇佐」にある宇佐神宮はそんな神社らしいです。
八幡宮はあちこちにありますが、なんだか謎な存在です。
神功皇后や応神天皇が祭神ですが「それは途中から」と、みんな思ってるはずです。
やんごとなき一族に愛され「皇室第二の宗廟」と呼ばれた時期があったり、
源氏系列が大事にしたのは有名ですが、
元々の祭神も「八幡宮」自体もナゾのまんまです。
そんなナゾナゾな神社ですが、もうひとつのナゾナゾな神「熊野」を絡めると
なんとも面白い魔方陣が現れました。
実は反則ワザを使った魔方陣なんですが、その反則ワザから「綾部」という場所の意味、
なぜ大本がナオ×王仁三郎のダブル教祖だったかを推理する事が出来ました。

宇佐綾部熊野御所3.jpg

まず青いラインから
宇佐神宮→熊野本宮大社   409.186480km
玉置神社→御所         408.067294km 誤差0.274…%の二等辺
ご存知の通り、御所の近くには明治時代の御所
「明治宮殿」(現 宮殿)や「江戸城天守閣」がありました。
玉置神社→明治宮殿      408.337723km 誤差0.208…%
玉置神社→江戸城天守閣跡 408.758964km 誤差0.105…%


「なんでラインが互い違いになるんだ?」 ご批判は当然ですが、
そのまま赤いラインに続きます。
宇佐神宮→玉置神社      415.193717km
熊野本宮→御所         417.668204km 誤差0.596…%
熊野本宮→明治宮殿      417.932842km 誤差0.660…% 
熊野本宮→江戸城天守閣跡  418.361761km 誤差0.763…% 
とても長いラインですが、とても小さな誤差です。
ただしこの魔方陣は「互い違い」という反則を使っています。
ちなみにラインを互い違いにしないと、
宇佐←玉置→やんごとなき場所 の誤差は1.746…%
宇佐←熊野→やんごとなき場所 の誤差は2.073…%
意外と小さい誤差ですが、上記の小数点以下を見ると大きく感じてしまいます。
(熊野本宮は「大斎原」にポイントしています。そこがホントの位置だと思うので)

地図には紫のラインも引いてあります。
宇佐神宮→綾部大本   407.576697km
綾部大本→御所      409.348888km 誤差0.435%
綾部大本→明治宮殿   409.750033km 誤差0.533%
綾部大本→江戸城     409.935459km 誤差0.579% 
互い違いになってる「玉置神社」と「熊野本宮大社」の役割を、
ストレートに「綾部」ひとつでやってるみたいです。
それに青、赤、むらさきのラインがほぼ同じ長さなので、
地図上に「ひし形」を描いています。
現在の「やんごとなき場所」
明治時代のやんごとなき場所「明治宮殿」
江戸時代の「江戸城天守閣」
「3つとも魔方陣を作っている」と言える誤差です。
江戸時代、綾部を支配していたのは「大本と因縁ある」九鬼氏です。
彼らは熊野出身の一族と言われています。
(現在の熊野本宮大社の宮司もなんと「九鬼」という苗字で同族らしいです)
徳川幕府の命令でここに飛ばされて、
現在綾部大本のある本宮山に屋敷があったそうです。
徳川が魔方陣を駆使したのは加門さんの調査で明らかになっています。
今回のヤツも「江戸城でも魔方陣として機能したかも」と思える誤差です。
もしかしたら「宇佐神宮、玉置神社 熊野本宮」と魔方陣を作れる位置に江戸城を作り、
それを補強する為に熊野に縁深い九鬼氏を移動させた?
これも「大江戸魔方陣」のひとつ?そんな想像をしています。
(このまま読み進むと、この想像がリアル方向に近づくかも)

熊野本宮大社の主祭神は「家津美御子大神」 スサノオ尊の別名といわれています。
王仁三郎の「十和田湖の神秘」でもスサノオと書かれています。
一方の玉置神社の主祭神は「国常立尊」です。
様々な神が降りてきたらしいですが「ナオ=国常立尊」「王仁三郎=スサノオ尊」の御魂
ほとんどの人がそんなイメージを持ってると思います。
そんな「ナオ×王仁三郎」で成り立っていた綾部大本だから、
「玉置神社×熊野本宮」と対応するような魔方陣を作る事が出来た?
また王仁三郎はこんな事を言っていたそうです。
「本宮山は平重盛の居城だった。
本宮、新宮、熊野神社、那智の滝など、みな紀州の地名と同じである」
(平重盛が綾部に熊野信仰を広めたという情報もありました)
綾部を支配していた九鬼氏は前記のように熊野の出身です。
そんな彼らは邸宅のあった本宮山のふもとに鬼門大金神を祭っていたらしいです。
王仁三郎の発言と魔方陣を組み合わせれば、こんな風に読み替えられないでしょうか。

(熊野)本宮山に鬼門大金神(玉置の祭神、国常立尊)を祭っていた

これらの推察から「玉置神社×熊野本宮=綾部大本」という式を導き出しました。
これも「大本と九鬼氏の因縁」の一つと思っていますが、どうでしょうか…
また江戸時代から本宮山で鬼門金神を祭っていましたから、
↑上記の「ひし形魔方陣」が江戸時代から機能してた?なんて考えたわけです。

玉置×熊野と綾部大本をもうちょっと追求してみました。
宇佐内宮セントラル俯瞰拡大.jpg
個人的に勝手に作った「金神ライン」ですが、伊勢内宮宇佐神宮ラインの真ん中
「伊勢宇佐セントラル」スレスレで交差します。
金神ラインとは?
この「宇佐内宮セントラル」を使うとこんな発見が、
宇佐内宮セントラル綾部玉置本宮.jpg
青いライン
熊野→綾部     168.617762km
玉置→セントラル 166.164973km 誤差1.476…%
赤いライン
玉置→綾部     160.615284km
熊野→セントラル 161.947873km 誤差0.863…%

「たがいちがい」という反則技の魔方陣でしたが、
僕は意識的だと信じてます!(信じても何の得にもならないけど、笑)
徳川家が九鬼氏を綾部に置く事で「玉置&熊野」と呼応させて、
はるか遠くの宇佐神宮を江戸城まで導いていたとすれば、
それと同じように綾部に「ナオ&王仁三郎」がいる事によって、
またまた「玉置&熊野」に呼応することになって、
今度は皇居まで宇佐神宮を導くことができた?
ナオや王仁三郎は「綾部までいたしたら天皇陛下を守護できるのに」
と言っていたようですが、これも一種の守護にあたるのかもしれません。
それにしてもそこまでして引き入れたかった「宇佐」のチカラって何なんでしょうか?
やっぱり「八幡は謎の神」です。


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 EQUAL大正 五 六 七 年
大正五年五月五日辰の年午の月に、火水島《かみじま》の五六七の神を祭らせ、
大正六年六月には肝川の竜神を高天原、竜宮館へ迎へ、
大正七年七月には七十五日の修行が仰せ付けてありたのも、
皆 神界の昔から定まりた経綸《しぐみ》が実現《あらわ》してあるのじやぞよ。
五六七の神政は大正五六七《みろく》三ケ年の間に、
神界の仕組を現はし、又五年から七年までの間に…

「伊都能売神諭 大正七年十二月二十三日」からの引用です。
ちょっと興味がわいたのでEarthをこねくり回してみましたが、
2/3だけ解けたかも?って感じです。

富士鳴門×神島肝川綾部
個人的に勝手に作ったポイントを何回も使って図々しいですが(笑)
懲りずに登場「富士鳴門×金神ライン」 (富士鳴門×金神ラインとは?)
大正七年の修行は「綾部」で行われたはずなので、
「富士鳴門×金神ライン」と「神島」「肝川龍神」「綾部」を結んでみました。
富士鳴門×金神ラインから
→神島     91.005722km
→肝川龍神 150.196539km
→綾部大本 174.755100km
「神島 : 肝川」の比が「3 : 4.951…」ですが、いまいちピンと来ない結果です。
強いて言えば「三五 アナナイ」かもしれません。
しかし「肝川 : 綾部」の方は「6 : 6.981…」 
ほぼ「6:7」で、神諭の年と旧暦に対応してます。
神島が「5」だったら完璧でしたが、
自分の比率を「3」にする事によって、肝川を「5」にしているようです。
これだとやはり「2/3だけ解けたかも?」です。
今回はこれで終わりと思ったら、肝川龍神がとても面白い位置なのに気づきました。

富士鳴門×肝川拡大綾部亀岡
「富士鳴門×金神ライン」と「亀岡大本」を結んだラインから
200mほど離れた位置に「肝川龍神」はありました。
黄色いラインは170kmあるので、3つはイチオウ一直線を意識した関係かもしれません。

さらに「EQUAL富士鳴門×金神ライン魔方陣」で書いたように、
綾部と亀岡のラインは同距離(誤差0.34%)なので、下のような結果になります。
富士鳴門×金神ラインから
→肝川龍神 150.071367km
→亀岡大本 174.164501km
「6 : 6.958…」 綾部と同じくほぼ「6:7」の比率
富士鳴門×肝川綾部亀岡

これらの事から「何かあるかも…」と思っちゃった わたくしTWISTEQUAL なのでした。
話は変わりますが「肝川龍神」ではちょっとかわいそうな事が起こったらしいです。
ご存じない方は「大国宮 道路 建設」でググってみて下さい。
(肝川龍神は現在は「大国宮」として存続してるらしいです)
上↑の地図で肝川龍神は道路の上にあるようにポイントしてますが、
「山の上にあった」らしいので、Googleストリートビューなどを見て、
ここに決めました。

今回の魔方陣についてちょこっと推理してみました。
大正七年、王仁三郎の修業の後、11月にナオが83歳の生涯を閉じています。
翌八年、大本は亀山城を買収して「王仁三郎の聖地」を造営し始めます。
もしかしたら大本の中心を「綾部」から「亀岡(亀山)」
「ナオ」から「王仁三郎」に移すための仕掛けの一つ?
そんな風に思えてきました。まぁこれが事実でも一銭のトクにもなりませんが(笑)
「肝川なんて経綸に無関係」という声もあるらしいですが、自分のスタンスとしては、
ちょっとでも関わりのあった事柄は全部リンクさせていきたいと思っています。


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 EQUAL八咫鏡・天叢雲剣と12月8日
以前書いた魔方陣「EQUAL TOYOTA & SHARP」では
トヨタ自動車本社とシャープ亀山工場について書きました。
この2つが八咫鏡(伊勢内宮)と天叢雲剣(熱田神宮)を意識した魔方陣を作ってる…?
結局、宇宙で銀河でほとんどの人から支持は得られませんでしたが(笑)
これをちょっと調べてみたら面白い、ちょっと怖い結果になりました。
内宮熱田式根島→出雲.jpg

伊豆の式根島あたり 34°19'1.64 139°14'6.03
出雲の十六島鼻  35°28'18.72 132°44'9.00 
2つのポイントは内宮まで、熱田までの距離が同じになるポイントです。
この黄色いライン上にあれば、伊勢内宮からも熱田神宮からも同じ距離と考えます。
一番目を引くのは「亀岡大本」です。ちゃんと敷地内をラインが通ってます。
ここは「亀岡城」の跡地にありますが、もとの名前は「亀山城」だったそうです。
ここらあたりは江戸時代まで「亀山」って地名だったんですが、
「明治2年、三重県亀山市と混同するので、亀岡へと改称された」らしいです。
実は三重県亀山にある「亀山城」も、この神器ラインのすぐ近くにあります。
(倍率を上げすぎるとラインが消えちゃうので、これが限界です。また2つの地図は同じ倍率)
内宮熱田亀岡亀山.jpg
「2つの亀山城が2つの神器と等距離にある」のは偶然じゃないと思いますが、
なぜ「亀山」なのかは、わかりません。意外と深い理由があるのかも。
(亀甲紋は出雲系の神社に多いらしいです)

内宮熱田宍道湖.jpg
ラインは大山のふもとあたりを通った後「宍道湖」を突っ切ります。
「第二次大本事件」で検挙された位置は、たぶん
宍道湖東北の松江市北堀町赤山という場所なので、ライン上では無いです。
しかし大本系列の人々が「大本はこんなにスゴイのだ」とアピールする時に、
良く使われる「ヒナガタの話」があります。
「宍道湖」で12/8に検挙されて、その六年後の12/8「真珠湾」で戦争の幕が…
大本と日本が6年のズレでシンクロするってヤツです。
王仁三郎の聖地、亀岡大本と同じように
王仁三郎のヒナガタ理論の「宍道湖」も、このライン上にあるなんて不思議です。
第二次大本事件の大きな舞台になった2つの場所ですよね…
大本関係でもうひとつ
内宮熱田大原市場.jpg
一般にも知られてる「URA神業・大国常立大神短冊の移動」です。
緑のラインの中が滋賀県甲賀町の「大原市場」です。
祭られた正確なポイントはわかりませんが、約1km四方の区域をラインが通ってます。

「やんごとなき関係」でも魔方陣がひとつありました。
紫香楽宮跡がラインのすぐ近くにあります。これだけでも面白いんですが、
伊勢内宮、熱田神宮と正三角形になるポイントは、紫香楽宮から2.499km東にあります。
内宮熱田紫香楽宮正三角形.jpg
「なぜこんな山奥に都を移したのか?」いろんな説があるそうですが、
「神器と正三角形を作りたかったから」 これも理由の一つかもしれません。
最初に書いたようにトヨタは神器を意識してる気配がありますが、もしかしたら「ホンダ」も…?
「鈴鹿サーキット」もライン上にあります。
内宮熱田鈴鹿サーキット.jpg

ラストです。
内宮熱田富士鳴門.jpg
青いラインは富士山頂と鳴門海峡中央を結んだラインです。
そのちょうど真ん中になるポイント
「富士鳴門セントラル」から
→伊勢内宮 40.509012km
→熱田神宮 40.332587km
誤差にして0.437…%なので、富士からも鳴門からも等距離の「富士鳴門セントラル」は
内宮からも熱田からもほぼ等距離と言って良いと思います。
また富士鳴門ラインは「黒住天理金光大本錦之宮伊勢」とリンクする、
とてもとても面白い魔方陣がありますので、よろしかったらご覧ください。
「EQUAL富士鳴門×金神ライン=黒住天理金光大本錦之宮伊勢を統べる?」

「王仁三郎は有栖川宮の御落胤」の話が事実か知りませんが、
八咫鏡と天叢雲剣、2つの神器と亀岡大本が魔方陣を作ってる事を、
東京のやんごとなき集団はどんな気持ちで見ていたんでしょう。
やんごとなき系呪術師が魔方陣を信じていれば、の話ですが、
このブログでもやんごとなき魔方陣は山ほど発見してきました。
つまり彼らも魔方陣を十二分に活用していて、亀岡大本の「意味」もわかっていたと思います。
王仁三郎は大本が弾圧されるように誘導してたらしいですが、
このライン一本だけ見ても東京サイドが「魔方陣的に」イライラしていたと想像できます。
そして「大本への弾圧がヒナガタ的に第二次世界大戦を呼び寄せた」
大本宣伝使のこの言葉が事実だとしたら、この黄色いラインは日本全国民に影響与えた、
と考える事も出来ます。


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 EQUAL ←「神島」―「亀岡大本」→
←「神島」←「亀岡大本」
誤差を考えると偶然かもしれません。でも登場人物を見ると、とても偶然とは思えません。
見にくいですが地図には赤、水色、黄色の3本のラインが引いてあります。
赤ラインはある地点「X」と神島を結んだライン。
水色ラインは神島と亀岡大本を結んだライン。
黄色ラインは地点「X」と亀岡大本を結んだライン。
3本ともラインを延長させています。
亀岡神島ミロク像12.jpg
意味無くもったいぶってますが、ある地点「X」とは熊本県山鹿市にある
「ミロク最勝妙如来」付近です。
“付近”というのはこの仏像の正確な位置がわからないので、
仏像の近くにあるらしい「不動岩」を起点にしてます。
亀岡神島ミロク像3.jpg
九州本州をまたいだ長いラインなので、誤差は極めて小さくなってると思います。
「3ポイントは一直線だ!」と言っても良いかもしれませんが。
「ミロク最勝妙如来」は大本にとって重要ポイントだと思います。
王仁三郎と等身大だったり、詳しく知りませんが色々と因縁のある石像らしいです。
ところでミロク最勝妙如来の地図には、南にもう一本青いラインが走ってます。
3kmも離れてるので偶然かもしれませんが、このラインも長い長いラインです。
この青いラインを俯瞰すると
ミロク最勝妙如来.jpg
2つのラインが交差する「富士鳴門ライン×亀岡神島ライン」は長崎市近くの海上です。
とてもキッカリとした魔方陣とは言えませんが、
「ミロク最勝妙如来からは神島越しに亀岡大本、鳴門海峡越しに富士山が見える」
このくらいの事は言ってもいいかと…


「神島」→「亀岡大本」→
こっちは数字を見ても偶然じゃないと思います。でも登場人物が微妙な感じかも…
神島と「ある神社」を結んだラインです。
皇祖神島亀岡拡大.jpg
このラインもかなり長いラインです。このくらいの誤差なら一直線と言っても良いと思います。
そしてこの地図を俯瞰してみると偶然とは思えない面白い魔方陣が。
皇祖皇祖神島.jpg
富山皇祖皇太神宮から
神島まで       314,117.040km
磯原皇祖皇太神宮 320,106.802km
誤差1.91%の二等辺三角形です。
富山にあった皇祖皇太神宮が茨城の磯原に移った理由はよくわかりません。
「世界中の民が参拝してたそうじゃ」と言われる大事な大事な聖地のはずです。
以前書いた魔方陣「EQUAL豪族ネットワーク?(武内・物部・忌部)」では
他の豪族と関係した魔方陣がでてきましたが、
大本と竹内巨麿は表面的にはあまり関係無いと言われています。
王仁三郎の「神様の言ってる事と同じ所もあるが違う部分もある」の発言くらいです。
思い込みで磯原に移ったのは昭和だと思ってましたが、こんな記事がありました。
「明治末期(32年?)磯原に皇祖皇太神宮を建て、天津教を…」
これが事実なら大本の「神島開き」以前って事になります。
「大本と竹内巨麿は裏の裏でつながってた?」
魔方陣から思い浮かんだ個人的、勝手な推理なんで
「そんなの資料に無いそんなの資料に無いそんなの資料に無い」って非難しないでネッ(笑)
最後の地図です。ちょっと驚きました。
皇祖亀岡ミロク.jpg
直線じゃないけど、2つのラインの誤差1.52%
あれれ?
 

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 EQUAL淡路島×琵琶湖
日本地図を見て、
「淡路島と琵琶湖って似てるなぁ…」と思った人は多いらしいです。
僕がディープに夢中になった「アマテラス」という漫画にも、そんな事が書いてありました。
言われてみれば確かにクビレ具合とか似てるかも…
だったらつないでみよう!って事で「それぞれの中心からライン、」と思いましたが
2つには興味深い聖地があります。
淡路島には「伊弉諾神宮」  座標 34°27'36.94 134°51'8.95
この神社は魔方陣、というか「レイライン」的に重要ポイントです。
ここに写真を貼りたいですが他人の写真なので貼れません。でもとても面白い写真なので
「 伊弉諾神宮 太陽 石碑 」でググって見てください。
石碑には日本地図に放射状のラインが引いてあって
真東(春分秋分)の日出=伊勢皇大神宮(内宮)・飛鳥藤原京
冬至の日出=熊野那智大社・那智大瀧
真南=諭鶴羽神社・沼島(オノコロ島)
冬至の日没=高千穂神社・天岩戸神社
真西(春分秋分)の日没=対馬海神神社
夏至の日没=出雲大社・日御碕神社
真北=但馬一宮出石神社
夏至の日出=諏訪大社 と書いてあります。
伊弉諾神宮から春分秋分の日の日の出の方向に伊勢内宮があって、
他の神社もそれぞれの方向にあるそうです。神々の父らしい存在感ですね。
こんなスゴイ神社らしいので、ラインの基点はここに決めちゃいました。

琵琶湖は「都久夫須麻神社」 座標 35°25'14.57 136° 8'38.75
琵琶湖の北側にある竹生島にあります。
東は千葉の玉前神社から、寒川神社→富士山→元伊勢→大山→出雲大社、日御碕神社までの
長い長いレイラインが存在するそうで、春分と秋分にライン上を太陽が通るそうです。
(「御来光の道」でググってみてください)
竹生島もこのラインの上にあるそうなので、琵琶湖はこの神社に決定。 
結んでみます。
伊弉諾神宮亀岡琵琶湖.jpg
「ライン上に亀岡大本!!」と行きたいですが、ちょっぴり離れています。拡大
伊弉諾神宮亀岡琵琶湖拡大.jpg

約540mほど離れていました。近いのか遠いのか…?
でもここで一本ラインを加えてみます。大本のもうひとつの聖地「綾部」です。
伊弉諾神宮綾部亀岡琵琶湖.jpg

淡路琵琶×綾部亀岡(黄色いアイコン)  35° 0'35.22 135°35'7.93
ここから伊弉諾神宮への方位角 227°58′04.61″
綾部大本への方位角 317°02′16.06″
交わる角度は「89°04′09″45」 約89度です。
今までもっと精度良いのがバンバン出てきてたので誤差は大きいかもしれません。
「淡路島琵琶湖×綾部大本亀岡大本」は直角を意識した配置かもしれない、と
一応結論づけて終わります。

「陽×陰」とも言われる「淡路島×琵琶湖」
s-淡路島琵琶湖.jpg



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 EQUAL黄泉島×龍宮城×エルサレム=与論島も琉球?
「ナン・マドール」は南の南の島にある不思議な遺跡です。
(ここから雑誌「ボーダーランド」1996年 9月号の引用が続きます)
グアム・サイパンの南東、戦時中は日本統治だった「ポンペイ島(ポナペ)」にあります。
「玄武岩を積み上げた大小98の人工島で構成された海上都市」らしいです。
「ムー大陸」を初めて世界に発信したチャーチワードは「ムーの首都部」と言っています。
驚いた事に王仁三郎はチャーチワードより先に「ムー」らしき大陸の存在を記していました。
「霊界物語」第9巻総説歌
「奇しき神代の物語、赤道直下に雪が降り太平洋の真中に
縦が二千と七百浬、横が三千一百浬 黄泉の島や龍宮城 訳のわからぬことばかり…」
とチャーチワード著書発表の4年前に書いたそうです。
そのうえこの島に大本の支社が出来る際には(こんなところまで布教に行ったんですね)
「ポナペ島はムー大陸の最高至聖地で地球のヘソ、古事記にも黄泉島と出てくる…」
(引用終わり)
こんな重要な島だと知ったら、魔方陣魂がウズきます(笑)
いろいろラインを引いてみましたが、エルサレムと結ぶと面白い数字が…
ポンペイ与論島エルサレム.jpg
ナンマドール (座標 6°50'40.26 158°20'8.73 )
エルサレム神殿 (座標  31°46'40.95 35°14'6.54 )
を結んだラインの長さが国土地理院HPでは12630.629661km
この長さって12756.274kmや12713.504kmに近いと思いませんか?
12756.274km=北極→南極の間の長さ
12713.504km=赤道付近の地球の直径
一番大きな誤差でも1.11%くらいです(ちなみに最小誤差は0.66%)
つまり「ナンマドール→エルサレム神殿」の距離は地球の直径を表してる??
困った事に、そう思ってしまいました。
「これは偶然じゃない!」と一人勝手に興奮したので、他にもキレイな数字を探してみました。
ラインを見ると日本付近では「与論島」があります(島の中心から5.5km北にライン)
与論島から
ナン・マドールまで  3871.482414km
エルサレム神殿まで 8759.185564km
距離の比は「3.9779:9」 この誤差なら
2つの比は「4 : 9」と言っても良いと思います。
「4 : 9」=「2×2 : 3×3」ですが、これが意味あるのか無いのかわかりません。

「琉球とは龍宮ではないか?」
こんな事を言ってる人は意外と多いみたいです。
「太古、沖縄付近はある程度大きな島があって、それが龍宮城だった」
地学的には知りませんが、この説もありえるかも、と個人的には思います。
(石垣島の竹富が龍宮に関わりあるという話も聞きました)
龍宮についての個人的推察なんですが、
「日本列島は龍体である」これも日本の一部で(笑)よく聞く話です。王仁三郎はもっと突っ込んで
「龍神の頭が九州、王冠が台湾」とまで言っています
(ボクは北海道が頭だと思ってたし今でも思ってます)
日本は「お土が上がる」らしいですから、沖縄付近も当然、隆起するはずです。
台湾沖縄喜界島九州まで隆起した島でつながる可能性だってありえます。
その状態が「日本という龍神が台湾という王冠をかぶる」状態じゃないか?
与那国の海底遺跡は有名ですが、喜界島付近にも不思議な遺跡があるらしいです。
隆起であらわになったそれらの古代遺跡が「龍宮城」だったんだ、とみんなが気づく。
なんて推察(妄想)したりしてます。
与論島は鹿児島県ですが位置的には沖縄本島のすぐ上です。
大きな意味で「琉球」だと思います。また上記のように龍宮城の一部かもしれません。
話を戻して、
ここで今まで出てきたラインも動員してみました。またまた登場「金神ライン」です。
金神ラインとは?
喜界島までのラインなので延長して交差させてみました。
26°48'44.91 128°59'17.31 で交差するようですが、長い長いラインは地図を拡大すると
ピュルルッと消えちゃうので、このポイントの正確さは微妙です。参考値として。
ポンペイ与論島エルサレム×金神ライン+拡大.jpg

「金神ライン」×「ナン・マドール与論島エルサレム」の交差ポイントから
芦別岳への方位角     30°00′02.46″
ナンマドールへの方位角 120°06′18.77″
単純計算で90°06′19.31で交差してる事になります。
「Waooooooo! ほとんど直角~!」
とてもうれしいです。
金神ラインは今までいろんな魔方陣を産み出してきて、今回も(ボクには)意味ある結果だったので。
まぁ宇宙で銀河でほとんどの人が「どうでもいい」でしょうが(笑)
なお交差ポイントと与論島は60kmも離れてます。もっと近かったらリアリティあるのになぁ
と思ったりしますが。

現在の沖縄(琉球)はそれほど大きくないし、島々は離れていますが、
それが本当の姿じゃないかも、と上のほうで書きました。
だったら楽園、ニライカナイは
海の向こうじゃなくて「すぐ近くの海の底、そして今立ってるこの大地?」と考える事もできます。
「ニライカナイが自分の足元にあった」なんて童話の「青い鳥」そのものです。
こんな未来が事実でも、沖縄の大変な現状は変わらないかもしれませんが、
静かな変化の胎動はいろんな有名・無名の人の動きなどで感じる事は出来ます。
いろんな人が沖縄に魅かれて「沖縄ブーム」ですが、表面的じゃなくもっと深い深い現象なのかも…
なんて知ったかぶりな事を書きましたが
寒い寒い青森県からすると、あの暖かい気候が最大の関心事です(笑)
今日も寒いね青森県、です。

削除したページがあったので記事は100個ありませんが、アドレスでは「100html」です。
記念すべき「100html」に面白いモノが発見できて満足しています。
これからもがんばろっと。


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